題名

主誰糸春雨(上)(ぬしやたれいとのはるさめ(じょう))

詞章

声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第4編 常磐津集(明治42年)

(資料目次に括弧書きで「白糸主水」とある)

『白糸の往昔なつかしなまなかに、染てしんくの八重結、互ひに縺れ今更に、解く甲斐もなき物思ひ、あゝ何と障子さへ、明る心のしめやかに、立廻したる屏風の蔭、何気艶く床の内、面恥気に側へ寄り
『モシお客さん申訳は御座りませぬ、私のやうな不束な者の所へ初会にあがらしやんして、嘸お腹も立ませうが、酒癖の悪い客さん故、やう/\寐かして参りました、必ず悪う思召さぬよう、そうしてマアお頭巾を召したなり、お羽織も其儘、ドレお寐かせ申しませう
『何の遠慮も馴々しう、紐を解く/\頭巾と共、脱すうちにも互の顔
『ヤアあなたは確主水様の
『ハイ女房おやすで御座ります
『エエ
『サヽヽヽ嘸吃驚で御座んせう
『あられもない此様な、姿形を男と見せ
『客と偽り上りしは
『夫の恥と二つには、お前の心を察しやり、定めし朋輩衆へ外聞にもならうかと
『彼方此方を思遣り、逢に来たのもこなさんに、怨みつらみを言うかと思はんせうが真実に
『さら/\そうした訳ではなく、頼みたい事有故と
『打つけられて白糸は、消も入たき風情なり
『勿体ない其のお言葉、何の御用か知ね共、お心一抔有つて下さりませ、シタが言訳では御座んせぬが、一通り聞て下さるりませ、吉原に居る頃は、未だ振袖の訳知ず
『派手な一座の其中で、つい岡惚の浮気から、人の客衆に忍び合、末はどうした主水さん
『搦んだ縁の橋本へ、住替に出る夫迄は、妻子あるとは露知ず
『深く鳴子の野暮らしい、腕に二世と堀の内、苦界の中の楽しみも
『今は堰れて逢事も、たま玉川の流れの身、堪忍してと許りにて、あとは涙に声うるむ
『サア其勤の中にも真実を尽して、呼んで下さるお前の心底、風の便りに聞度毎、喜びこそすれ恨んだ事は御座んせぬ、其誠あるお前故、打明て頼みといふは他でもない去年の冬より病気にて、勤も引て一夜さも、内へ寐ぬ事お頭へ、誰言となく悪様に、申上げたる故にこそ、主水が身の上を密々に、お調べあるとお仲間より、私へ沙汰して呉た故、夫に言へど上の空、押返して言ふにも、片時家へ帰らねば
『取付島も渚漕ぐ、たゞよの事に此里へ、来ても客には表向き、逢れぬ身ぢやと聞た故
『どうか首尾して金調へ、肩身を広うした上で、お前に逢て此事を、言て貰うと思へ共、今に都合も出来ぬ故
『是非なく/\も恥を捨て、頼みと言は是一つ
『又二つにはお徳とて、今年七つの娘もあれば、養子貰ふて跡に立て、主の願ひの町住居、お前に添せ行末は
『便りない身の私故、真実心の姉妹と互ひに心おく底も、話し合ふのが楽しみと、打明したる夫思ひ、武家には粋な事ぞかし
『何から何まで事を分ての御親切、まだいろ/\話したい事も御座んすが、夜も更たればお寒からう、私の着替を失礼ながら
『アヽイヽエ夫には及びませぬ、殊に人が疑念たつる程に、私は矢張男の形で
『成程此御羽織を召ますも
『人目厭ふてお前の客
『積る話の数々を
『同じ衾で悠然と
『必ずお風邪召ぬやう
『そんならどうでも白糸どの
『おやすさま
『虚外で御座んす
『ドレお著申しませう
『有合羽織打着て、心解ても何処やらに、疵持足のよしあしを、義理の柵木屏風の内に思ひや籠るらん

分類番号

00-1331200-n3s2y1t1-0001
データ入力日:2016/05/17

常磐津 主誰糸春雨(上) 歌詞