十二段(上)(じゅうにだん(じょう))
〔本調子〕『去る程に武夫の、矢矧の里に聞へたる、何某長者が乙の姫、浄瑠璃御前と申せしは、峰の薬師の申子にて、智慧も器量も菩薩なる、花の黛うすからず、雲の袂のにくからぬ、年も十六夜月の頃
『夜遊の友に召されしは、冷泉十五夜はじめとして、艶めきたてる女郎花、ひとゝきくねる男山、男形して陸奥へ、御門出の牛若丸、爰に宿をかり初の、縁導く爪琴や
『時の調子も想夫恋、山の端出る月冴えて、糸の調の音も澄めり
〔二上り〕『心尽しの秋風に、須磨の波枕、衣かたしきひとり寐に、夢も結ばぬ夜な/\
〔本調子〕『御曹子は妻戸に立寄りて、面白の楽の音や〔合〕
『吾妻の琴は知られじと、名に逢坂のそれならで、斯程目出度き保手拍子、世にも妙なる音楽に、笛のなきこそ不審なれ、吾妻の楽の習にて、故と笛をば吹ぬかや、よしつねはあれ樵夫の歌〔合〕
『草刈笛もあるものを、其の音ひとつの無かりしは、一夜のふしを厭ふかや、よし/\われ/\埋木の、春秋知らぬ蝉折は、関守る人も免せとて、歌口しめす草の露、楽に合せて吹く笛の、音色や深き恋の淵、三河にかけし八ツ橋の、渡り初めぬる縁ならん
『妙なる節をそれぞとも、知らで地唄ふ小童の、手拍子やめて姫君に、あれ聞し召せ宵ながら、妻恋ふ鹿の狩人の、さと吹く笛かとしどけなき
『言葉の露に玉琴の、爪音とめて音をとめて、聞くに色ある笛竹の、しめやかなりし一間の内
『人々感じ誰人の合す音色ぞ喧し、野もせの虫にあらなくに、見て参れよやかしづきと、冷泉十五夜仰をうけ、手燭たづさへ庭伝ひ、柴の編戸を押開けて、月影かざす殿振に、さしも優しき御姿
『上に唐綾下重、ことに袴の物数寄は、貴布弥の社壇を画きたる、朱の鳥居に玉垣の、玉をあざむく月額
『柳の枝に桜花、梅の莟の香もありて
『しんき上気の顔紅葉、詞はなくて姫君に、さゝやき竹や心のたけ
『岩木ならねば若君も、今宵を千代の始にて、いつの時雨の神無月、出雲に結ぶ縁の帯
00-2310000-z2y3a3n2-0001
データ入力日:2016/05/16