題名

将門(まさかど)

本名題

忍夜恋曲者,忍夜考事寄(しのびよるこいはくせもの,しのびよるこうのことよせ)

詞章

声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第4編 常磐津集(明治42年)

(資料の題名『忍夜考事寄』)

(宝田寿助述)

『夫れ五行子にありといふ、彼の紹興の十四年、楽平原なる湯泉の、往昔を茲に湖水の、水気旺んに浩々と、澄るは登る天津空、雨も頻りと古御所に、解語の花の立姿
〔三下り〕恋は曲者世の人の、迷ひの淵瀬きのどくの、山より落る流れの身、うき音の琴のそれならで
『妻呼交す雁金の、其玉章をかくばかり、色に手だれの傾城も、焦るゝ人に逢見ての、後の思ひにくらぶ山、忍ぶ涙の春雨を、傘に凌いで来りける
『大宅の太郎は目を覚し、将門山の古御所に、妖怪変化棲家を求め、人倫を悩ます由、頼信公の仰を受し光国が、暫し目睡む其内に、見慣ぬ座敷の此体は、正しく変化の所為なるか
『申し/\光国様
『扨こそ変化ござんなれ、イザ正体をと立寄る光国、女は慌て押止め
『アヽ申し、様子言ねばお前の疑念、私は都の島原で、如月といふ傾城で御座んすわいな
『ヤア心得難き其一言、波涛を隔てし此国へ、傾城遊女の身を以つて、来り住べき謂れなし、よし又都の遊女にせよ、ついに見もせぬ其方が、何故我をと不審の言葉
『サア御尋なくともお前の胸、晴すは過し春の頃
『何と
『申し
『嵯峨や御室の花盛り、浮気な蝶も色かせぐ、郭の者に連られて、外珍らしき嵐山
『ソレ覚えてか君様の、袴も春の朧染、朧気ならぬ殿振を、見染てそめて恥かしの、森の下露思ひは胸に
『光国様と言ふことは、其折知て旦暮に、女子の年が今日の今、届いて嬉しい此仰、疑念晴して下さんせ、やいの/\と取縋り、赤らむ顔の袖屏風、光国態と打解て
『いかさま切なるおことが心底、左程に思ふ愛情を、捨るは却て本意ならず、疑念は薩張晴たれども、武辺修行の我身の上、望を果さば兎も角も、夫に付ても往古の、東内裡の荘厳を、思ひ出せばヲヽ夫よ
『扨も相馬の将門は
『威勢の余り謀叛と共、企て並べし大内裡、驕者の振舞都に聞へ、朝敵討手の三大将、頃は二月の百千鳥、真先かけて押寄る、数度の軍も辛島に、集り勢の悲しさは、風に残んの雪崩れ、むら/\ぱつと吹散たり、平親王が最期の一戦、見よや/\と夕月の、鹿毛なる駒に打乗て、向ふ者をば拝み打、立割ほろ付車切、斯と見るより上平太が、放つ矢先に将門は顳顬箆深に射透され、馬よりどうと果敢なき落命、寄手は勇む勝鬨と、今見る如く物語る
『思へば無念と如月が、歯を喰しばる忍び泣、さこそと光国詰寄て
『合点のゆかぬ女が振舞、今合戦の様子を聞き、頻りに催す落涙は、と見咎られてそらさぬ顔
『ホヽホヽヽヽ何の私が泣もので、泣たと言はヲヽソレ/\、可愛男に別れの鶏鐘、後朝告る朝雀、雀が鳴たと言こといなア
『ほの/゛\と雀囀る奥座敷、灯火しめる男ども
『屏風一重の彼方には、まだ睦言の聞ゆれど
『我は見足ぬ夢をさき、早後朝と引締る
『帯隠さるゝ戯動も
『憎うはあらぬ移香に、又盃盞の数ふれて、三の切たる三味線も、弾るゝ程は弾て見ん、仇し心の仇枕
『交さぬ先もあるものを、往なば往なんせよしや只、独浮身を数へ唄、郭の手管に紛らかす、はづみに落せし錦の御旗
『コリヤ是慥に
『イヤ夫れは
『夫れとは
『それ
『それ/\/\そつこでせい
『一つ一夜の契りさへ、二つ枕の許しなき、三つ三重四重まはり気は、いつまで解ぬ常陸帯、六つ酷いと思ひはせいで、七つの鐘の恨めしや艶めかし
『扨こそ/\相馬錦の此旗を、所持なすからは問に及ばず、将門が忘形見、滝夜叉姫であらうがな
『イヽヤ知ぬ覚えはないぞ
『ヤア覚えないとは卑怯の一言、肉芝仙より伝はりし、蝦蟇の妖術習ひ覚え、此古御所に隠れ棲むこと、叡聞くに達せし上は、最早免れぬおことが身の上、本名名乗て降参なせ
『チエエ残念や口惜や、斯なる上は何をか包まん、真我こそ平親王将門が娘、滝夜叉なるは
『扨こそナ
『一器量ある汝故、命を助け味方にと、思ふ心が仇となり、見現されし上からは、習ひ覚えし妖術にて、光国そちが命を絶つ、覚悟なせ
『何を小癪な
『怒れる面色忽然に、柳眉逆立ちつく呼吸は、炎となつて焔々たる、妖術魔術の業通に、流石の勇者もたぢ/\/\、梢木の葉さら/\/\、魔風と俱に光国が、襟上抓んで宙宇の争闘、怪し恐ろし世に謳ふ、時をゑほんの忠義伝、歌舞伎に残す物語り、拙き筆に書納む

分類番号

00-1331200-m1s1k1d5-0001

音源(宣伝枠)

 
データ入力日:2016/05/17

常磐津 将門 歌詞