山姥(やまんば)
月花茲友鳥(つきとはなここにともどり)
(資料の題名『月花茲友鳥』)
(紫雲庵述)
『懸河渺々として巌峨々たり、山又山の大名題、薪に花の山賊は
『曲げたる肱の高枕、煙草の煙婉々と、雲を吹くなる中空に
『アヽラ不思議や、今思はずもまどろむ中空に、あり/\赤色の雲の有様、目前不思議は此の山中に、人こそかくれ住むといふ知らせなるか、何にもせよ奇代なことを見る物ぢやなア、夫れはさうと頼光公の仰あつたは、此の山蔭の嬶衆と小僧め、どれおつづれて見べいか
『立寄る軒の柴の戸に
『蔦の錦を織姫の、五百機ならぬ糸車、めぐる浮世を捨し身は、櫛せぬ髪の〔合〕自ら〔合〕鬼とや人の見るやらん
『おふくろ此の頃は逢ひませぬノ
『オヽ誰かと思へばよき蔵殿
『ときに小僧はどうしました
『さつきにまでいたづらして居ましたが、大方また猪猿を相手に相撲がな取つて居ませうわいの
『そりやまアあぶない、跡先見ずの頑是なし、呼つしやい/\
『ほんに怪我でもせねばよいが
『徒な子には目のなき親心、木の間がくれにちら/\と、赤いはそれか白膠木の紅葉〔合〕エヽそでもない、若しや谷間へ〔合〕石鮒取か、いらぬものぢやに辷らばなんと
『しやうどない子と言ふ内に、夫れと見つけて母は立寄り、快童丸ヤアイ/\、手を打叩き招くにぞ
『神楽月とて片山里も、笛や太鼓で面白や〔合〕足のつめたに草履買ふてたもれ、子をとろ子とろどの子が目づき跡の子が目づき〔合〕かごめ/\籠の中の鳥は、いつ/\出やる夜明の晩に、つる/\/\つゝぱいつた、木の間笹原くゞり/\、くゞつてひよいと来た幼児
『コレ母さん、おりやこんな花を折て来たよ
『花うちせうと振立てゝ、わやく盛りぞ愛らしき
『どれマア一ぷくやらすべいか
『母さん何ぞ下され
『オヽ遣りませう/\、と言ひさま傍の風車、見せれば快童手に取て
『こんなよい物誰にやろかにやろ、いつちいとしい奔走子に
『鈴やつぼ/\でん/\太鼓〔合〕廻れや廻れ風車、くるりくる/\くるくると、世をうつ蝉のから衣〔合〕千せい万声の砧に合せ〔合〕鼓の拍子しで打や
『コレ/\小僧、その鉞を馬にして
『オヽコリヤよからう、サア/\快童丸お馬がまいる
『ハイ/\/\
『月毛にあらぬ斧の駒、とるや手綱もりゝしげに
『先のけ/\先のけろ
『お月様いくつ
『十三七つ
『御供はいくつ
『八十八つ
『ほんにそりや若いな
『山家踊は何とゆた
〔二上り〕『おんらが在所はナア、奥山の爺打のでんぐり/\栗の木の〔合〕木の根を枕にこざれ抱いて転び寝、こな小女郎が恋する山家のしなもので、帯解いてござれ抱いて転び寝
『母さま乳飲まう
『またかいのう、夫れよりは山めぐりして、遊ばす程に機嫌直して
『そんならおふくろ、山めぐりの話を此処で聞くべいか
『よし足曳の山廻り、四季の眺も面白や、梅が笑へば柳がまねく、風のまに/\早蕨の、手を引添ふて弥生山、つくらふ花の仇桜〔合〕
『桃は気儘に山吹も、見はてぬ内に〔合〕春過ぎて、早卯の花と花がつみ
『そして〔合〕あやめ菖蒲や杜若、ほつそりと時鳥、アレ夕立に濡れ忍、涼風がへ〔合〕
『雁が届けし玉章は〔合〕小萩の袂刈萱に、返事紫苑も朝顔の
『遅れ咲なる恨み侘び、露にも濡れてしつぽりと、伏猪の床の菊襲〔合〕よい/\よい/\よいやさ
『よいや冴え行く初時雨、松も杖つく老の坂
〔二上り〕『あらも嫁入てナア〔合〕来た時やほんにサア〔合〕爺様上下わしや丸綿で、顔に茜も恥かしかつた盃、今は朝茶に念仏拝んで、御ありがた衣角かくし〔合〕女夫と参るお朝路や、我は小故に室咲の、花を尋ねて山めぐり
『如何さま親といふもの有難いものだ、しかし女の身にて此の山中に引こもり仔細ぞあらん、我こそは源家の長臣三田の仕といふ者、願によつて力となつて得させん様子は何と
『そんならあなたが三田の仕様とや、此の上は何をか隠し申さん、我々こそは坂田の蔵人時行が妻子の者でござります
『扨こそなア
『願は夫時行殿、すぎ去る折から胎内に宿せし一子、武士に育て一天下に名を上させよとの遺言、此の足柄の山神に祈誓をかけ、はや七年の歳月をおくる或る夜のうち、神の御告に成長なした此の快童
『ホヽウ驚き入つたる物語、母が丹精山神の加護、勇力嘸かし思はるゝ、快童此の場で某と、コリヤ力を試して見るか
『コレ/\快童負けまいぞ
『サア来い快童
『合点だ
『神変不思議の快童丸〔合〕こなたはあしらふ勇力士〔合〕快童いらつてかたへなる、松を根こぎに引抜いて、ふんぢかつたる有様は、人も恐るゝ許りなり
『其の松の根こぎ面白い、サア打て来い
『合点だ
『勝負/\と打かくるを、すかさぬ強気の力瘤〔合〕幹より腕の節くれて、しつかと握めばめり/\/\
『ゑいや/\と捻じ切て〔合〕左右へ別れて立つたりしは、目覚しかりける次第なり
『オヽ力の程は試し見た、今より頼光公の家臣となさん
『何がさて母が悦び此の上なし
『然らば今より父が其の名を坂田の公時と名乗らせん
『そんならおれは侍になるのか
『オヽ嬉しかろ/\去ながら、今別るれば母に逢ふことはならぬぞや、快童こゝへおじや
『夫の形見と見るにつけ、そなたの大事さ大切さ、今日別るれば、今宵より、母一人寐の閨の内〔合〕さぞ面影の懐かしからう〔合〕頼光公へ御奉公、勤める隙の旦暮に
『武術を励み奉公せよ、必ず/\人様に
『山姥が子と笑はれな
『今別るゝとも此の母が
『そなたの影身に附添て、猶行末を守るべし〔合〕とは言ふものゝこれがまあ、名残惜しやいとをしやと〔合〕抱き上げ抱き付きわつと一声は、梢に響きて哀れなり
『折から向ふに聞ゆる陣鉦、親王の下知を受け、猪の熊入道馳せ来り、快童やらぬと詰かくれば
『箆棒坊主奴、快童丸は此の仕が、頼光公の御家来にして了つたは
『討手はきよろり口あんごり、快童捕へて猪の熊が、首筋つかんでエイエイヤツト引廻せば、忽ち体は粉微塵強勇力士かくならん
『オヽ出来た/\今の働き見ると言ひ、望たりぬる上からは、輪廻を離れん快童丸、名残は尽きじ早さらば
『いとま申して帰る山の
『峰の梢も白妙や〔合〕源氏の武名尽せなき、実さへ花さへ立花の、賑ふ櫓ぞ久しけれ、栄ふる櫓ぞ目出度けれ
(目次・本文の題名『月花茲友鳥(山姥)』)
国書刊行会『徳川文芸類聚』 俗曲上 第九 「柏葉集」
#山姥物
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データ入力日:2016/05/17