浮名の立額(うきなのたてがく)
(資料目次に括弧書きで「小三金五郎」とある)
〔二上り〕『朝顔の莟の内や宵の間の、翌の盛も待たで散る〔合〕露の命と萎む身は〔合〕
『三年焦れてやう/\と、逢ふて嬉しき心の誠、かき置く筆の命毛も〔合〕きれてちぎれて切文に、あの空ごとを嘸や嘸、道知ずとも思うはんしよが、言に言れぬ義理詰に
『思ひきつても唯一目、逢ふて死たい会ひたいわいなア
『便りもがなとそよと吹く、風が誘ふて風鈴の〔合〕音さへ胸もあとや先〔合〕若しやは憎き仇人が〔合〕今にぞ思ひしらはさへ、心の錆をはや寐刃、濁らぬ水に月の影、空は晴ても晴やらぬ、恋路の闇に迷ふ身の
『此方は筆のたてどさへ、涙と供に〔合〕繰言の参らせ候の薄墨は〔合〕
『未来の縁を結び置く、文の封に主様へ、女房小三と嬉しげに、書が此の世の筆のとめ
『男の額へよくも疵まで
『昨日にかはる飛鳥川、夢の浮世の夢とのみ
『思ふて見ても忘られぬ、恋といふ字が恨にて、愚痴と思へどつきつめし、男心も武家育
『二階に小三が書置を、見つけられじと〔合〕抜足し、屠所の歩みのはこ梯子〔合〕
『此方は血気の金五郎、ひかげにそれと屹と見て
『ヤア小三だな
『金五郎さんか
『思ひ知やと切付れば、其の言訳はと逃まどふ、逃さじものと追廻す、短き夜半に撞く鐘も、是ぞあの世の迎ひ鐘、乱るゝ心乱れ焼、きるに切られぬ輪廻の絆、愛着つもつて哀れなり
『まあ/\待て下さんせ、最善手詰の鯉魚の置物、お前に渡さん為ばかり、心にもない此の切文、ことにお国のお前の兄様、私を窃にお召なされ、だん/\との御教訓、退かねばならぬ仕義となり、愛想づかしを言ふたのも、推量して下さんせいなア
『そりや勘蔵が拵へ事、さうとは知らいで今の仕義、して又兄の丹三殿、そなたにあつかう義理詰も、此の置物が贋物では、所詮生ては居られぬ身、そなたは跡に長らへて、我が亡きあとをとうて呉れ、是小三頼んだぞよ
『あとゝふて呉れ頼むとは、そりや胴欲な金五郎さん
『愛想づかしの数々を、言ふて別れし私故、恨がなうて何とせう、無理とは更に思はねど、めぐり逢ふたは昨日今日、まだ肩揚の三年あと、船のうちなるお情を、忘るゝ暇もなまなかに、ませたやうでも何処やらに、稚心のあともなう、お顔も知らで立別れ、床しい故にこれ此処に
『誰とふしみと恥かしい、此の文身をお前ぞと、思ひ暮して朝夕に、二人添ふ気で他処外の〔合〕
『なんの殿御を待つものと、胸の誓は額堂の〔合〕
『男の文字に錠前を、しやんとをろした大願に、額の小三と人さんが、言はしやんすのを幸ひに、男ぎらいな野暮芸者、ひねり物ぢやと客人が、笑はるゝのが嬉しうて
『色気のないもお前故
『ことにお国の兄御様、わけての頼是非もなう、心になうて口さきで憎まれたさの縁切も
『義理にしがらむ
『術なさを、思ひやつてとばかりにて、口説涙ぞ道理なり
『其の心根を聞くからは、たとえ何処へゆくとても、夫婦と言へばあの世まで、何の見捨う離れはせじ、死なば諸共二世三世、変りはせじと力草
『言替したる夏菊と、ぬれ紫の杜若、色は変らぬ恋中を、書綴たる反古よせも、清元連の一節と後の稽古に残るらん
(目次の題名『浮名の立額(小さん金五郎)』本文の題名『〔小さん/金五郎〕浮名の立額』)
国書刊行会『徳川文芸類聚』 俗曲上 第九 「柏葉集」
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データ入力日:2016/05/17