題名

白糸(しらいと)

本名題

重褄閨の小夜衣(かさねづまねやのさよぎぬ)

詞章

声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第3編 清元集(明治42年)

(資料の題名『重褄閨の小夜衣』)
(資料目次に括弧書きで「白糸主水」とある)

『白糸の昔なつかしなまなかに〔合〕染て辛苦の八重結、互にもつれ今更に、解く甲斐もなき物思ひアヽ何とせう
『今お前を呼に行うと思つて居たわいなア
『さうして下さんせ、今宵のような辛いことは御座んせぬわいなア
『在郷の衆は温順いもので御座んすに、あれは腹立上戸と言ふのでありますわいなア
『モシエ主に言ひたいことが御座んす、私のやうな所へ初会に上らしつて、こんな始末をすると、嘸腹が立つで御座んせうが、長酒のな客人で、やう/\寐かして来ました、必ず悪く思つて下さんすな、ヤヽヽヽ初会に上つた侍客と思の外、あなたは/\確に主水さんの
『ハイ女房お安で御座んすわいなア
『思ひがけなき吃驚に、何といらへも奈良柴の、顔に火を焚く許りなり
『サヽヽ/\/\嘸吃驚したで御座んせう、あられもない此の様な姿をして、客と偽りあがつたは、夫の恥と二つには、定めし朋輩衆へ外聞にも成らうかと、彼方此方を思ひやり、わざ/\今宵参つたは、折入つてわしやお前に、お願があつて来ましたわいなア
『勿体ないそのお言葉、なんの御用か知らねども、お心一ぱい仰有つて下さりませ、モシ亀里さんお茶なと入れて下さんせいなア、モシエ言訳では御座んせぬが、一通り聞て下さんせ、吉原に居る頃は、まだ振袖の訳知ず
『しかも桜の初日の夜〔合〕派手な一座の其の中で、つい岡惚の浮気から〔合〕人の客衆に忍び合ひ〔合〕末はどうした主水さん、からんだ縁の橋本へ、住替に出るそれまでは、妻子あるとは露知らず〔合〕始めて聞て悲しさと〔合〕またいとしさが弥増して、深く鳴子の〔合〕野暮らしい〔合〕腕に二世と堀の内、苦界の中の〔合〕楽しみも〔合〕今は堰かれて逢ふ事も、偶玉川の流の此の身、堪忍してとばかりにて、跡は涙に声うるむ
『サア勤の内にも真実の心を尽して、主を呼で下さんすお前の心底、風の便に聞く度毎喜びこそすれ恨んだことは御座んせぬ、其の誠あるお前故打明けて頼みと言ふは、外の事でも御座んせぬが去歳の冬より病気といつて、勤をひいて一夜さも内へ寐ぬことお頭へ、誰言ふとなく響き主水が素性密々に、お調なさるとお仲間より私へ沙汰して呉れたのを、夫にいへど上の空押返して言ふにも、片時内へ帰らねば
『とり付く島も渚漕ぐ〔合〕たゞ宵ごとに此のうらへ、来ても客には表向き、あがれぬ身ぢやと聞いた故
『どうか首尾して金調へ、肩身を広うして上て
『真実心の姉妹と、互に心おく底も、話し合ふのが楽しみに、打明したる夫思ひ、武家には惜き粹ぞかし
『始めて聞たお前さんのお志、お情過た私へ罰が当りまするわいなア
『アヽ是はしたり、私へ一図に義理たてゝ、愛想づかしでもしやしやんすと、知つての主の気質故、ひよんな事でもあつた時は、男大事も水の泡、夫れよりは意見して、三度に一度はあがれぬやうにして下さんせ、必ずともに縁をきるのぢや御座んせぬぞへ
『何から何まで事を分ての御親切、何は兎もあれ夜も更けたればお寒からうが私の着替を
『アヽイエそれには及びませぬ、殊に人が疑ひ立う程に、私はやつぱり此の羽織を
『ドれ私がお着申しませうわいなア
『実と誠が行合の〔合〕梯子にあしも引過の〔合〕濡れに寄るてふ貸浴衣
『主水は独佇みて
『オヽいゝ心持だ、やう/\の思ひで湯へ這入つた、アヽ去年の冬から二階を堰かれ、蔵前はとまつたし、親類とてもいためて仕舞ひ、オヽそりやアさうと今夜お糸が所へ上つた客、頭巾を冠つて居て顔を見せねへが、色白なおれよりは若い好い男だと言つたが、宵から一遍もおれが所へ来ねへ塩梅と言ひ、此頃何だか奥歯に物のはさまつたやうな所置ぶり、なんにしろそつと座敷へ這入つて、どんな野郎か屏風越に一寸覗いて見やう、さうだ/\
『かん気の角文字ふり立てゝ、一間へ走り入る折から、亀里慌て抱きとめ
『是はしたり滅想な、座敷には初会の客人、主にも似合ぬ、どうしたのぢやぞへなア
『ナニどうもしやしねへが、オヽさうだ今風呂から上つて咽が乾くから、次の間の湯を一杯貰つて呑んだといつて、アノ女の損にもなるめへと思つて
『そんならお呼なさんしても
『オヽさうだ湯殿へ守を忘れて来たによつて、どれ一寸取つて来やう
『アヽお前が行つてはお部屋の内つま、私がお湯も汲んで来て上る程に、必ず彼処へ行つては悪いぞへ
『ムヽどうしてそんな野暮はしねへ、今のはほんの出来心だ
『ドレとつて来ませうかいなア
『とつかは立つて行く空の
『早更渡る風のつて、物思はする爪弾は、どこの間夫奴と忍び駒
『そりやこそな鑑定の通だ、薄暗へ所で二人でめそ/\泣て居やアがる、あの塩梅しきぢや此の頃の事ぢやアねへ、とうから色になつて居たと見へるわへ
『他所で解く帯とは知らでくけて居る〔合〕糸より細き縁ぢやもの〔合〕ツイ切れやすくふくろびて
『こんな事とは知らねへで、可哀さうにアノ女房の意見も馬の耳に風、しつこく言へば打叩き、お安堪忍してくれ/\、今日といふ今日思ひ当つた、エヽ口惜い是へ引出し、ずた/\にして呉れう、イヤ/\大小はなしチエヽどうして呉れう
『胸に据えかね隔の障子、砕くるばかりに押明て、白糸目がけ駆寄しが、侍客の思惑も流石に恥て手持なく
『白糸ぢやアねへお糸、よくも今まで誑しやアがつたなア、この返礼はきつとするから覚へて居ろ、モシ/\お客さん、お前さんにはお気の毒だが、この女郎にはすこし用が御座りますから、お借なすつて下されませ
『ヤアわれは
『アイ女房の安で御座んすわいなア〔合〕私が言へば悋気らしう思はんせうが、此の子を頼み意見して下されと、頼みに来たも家が大事又二つには娘のお徳、翌が日お前がお暇にならさんしたら、何をたつきに人らしう育てなさんすへ、弁のないモシ子心にも
『私の顔の痩るのを、見て他処ながら父様へ〔合〕真実真味の強意見、お糸も涙押拭ひ
『モシ私ばかりの子ぢやないぞへ、それにつけてもお糸殿の心底、かうした勤の身の上、驚き入つた心の操〔合〕
『さうした邪慳なお前でも、堰かれて後は身を狭う〔合〕人目忍ぶか味気なく、あるとあらゆる嘘言ふて〔合〕客に無心も誰故ぞ、みんなお前に入れあげて〔合〕朋輩衆の借小袖、破らるゝなら破つてと〔合〕部屋着と共に身を投げかけ、身もだへするこそ道理なり
『あゝあやまつた/\、お糸そなたの真実お安我身の心配今迄と違ひこれから心取直し、必度勤をする程に二人とも堪忍して呉れ/\/\
『モシ旦那さま、なんのまア何事もお前のお身が大事故、お糸殿といひ私まで言葉が過ましたわいなア
『男にあやまらせるが女子の手柄でも御座んせぬ、モウ此の後はお安さんとは実の姉妹
『主水も流石恥入つて
『オヽ案じやるな、場所も所もよく知つて居る、なんにも言はぬ、二人のもの
『そんなら是が長い別れに
『情涙をせきとめる、義理と情の汐境、今を名残と白糸が、胸に満ち来る濁り水、別れ/\て走り行く

国書刊行会『徳川文芸類聚』 俗曲上 第九 「柏葉集」

国書刊行会『徳川文芸類聚』 俗曲上 第九 「柏葉集」

分類番号

00-1331211-s2r1a2t5-0001
データ入力日:2016/05/17

清元 白糸 歌詞