神路山色琫(かみじやまうきなのこいぐち )
(資料目次に括弧書きで「お紺貢」とある)
(瀬川如皐述)
『派手は遊びは備前杉本油屋へ、東方南方北方西方、くるはお客の酒に浮立ち、弾や弾三味浮れ色めく女郎衆芸子に、いつかな粋めもうつゝぬかして、有頂天つく鼓に太鼓、ヨイ/\よやさの/\、わい/\のわいとな
『此藍玉屋北六が大事のお客人、阿波の徳島岩治様と五日余の飲続け
『昨日芝居今日は又、此徳島が催しでお紺お岸を伴ふて
『朝熊山の朝景色と
『その様に岩治さんが、心を尽しなさんすも
『お紺の君をお手に入んず謀事
『コレ万野アノ貢めが手を切て、お紺がわれらに靡くやう、その取持はそもじの働き
『頼む/\
『ヲツト皆まで言んすな、これでも元は江戸に居て、花の盛りの吉原の、大町小店其処此処と、ツイ泥水はそみやすく、不図した浮気の仲町から、堅い石場とおつこち故、二度の勤の品川や、神奈川かけて大磯と、流れ渡りの苦労人、今では年も古市に、遣手の万野と言れては、少びんながら色恋の、諸訳も知た大姉、此取持を請合ふからは、五分でもあとへは引やんせぬ、マアさう思ふて下さんせいなア
『イヨ大和屋ア
『ハヽヽハヽヽヽヽ
『これは万野の言通り、アノお紺さんが
『旦那の思はくとなることは、斯申す治郎介や
『此丈八が請合の西瓜、真赤な嘘ではないことは
『爰に御座んすお江戸のぼりの、殿中さんや破扇さんが
『お請合申すからは
『モシ旦那親船に乗た心持で
『落付て御座りませ
『コレ/\その請合の手始めに
『面白い芸事が所望/\とそやされて
『さうお見立に預つては
『少々恐れ入山形、二ツ星の華魁なら
『訳よし原の色郭に、ゑんり江戸町伏見町、引四ッ過の火の用心さつしやりませう、二階を廻らしやりませう、首尾待つ夜半の廻し部屋
『ヲツト其吉原の郭の様子は、皆様も御案内だ
『サア珍しいお話と言ては何にもない、ほんにそれ/\此間柴又村の、帝釈様へ参詣と出掛る向ふより
『斯る所へ葛西領なる篠崎村の、弥陀堂の坊様は、雨降あげくに修業と出かけて、右に数珠持ち、左の肩には大きな木魚、横たにかゝへて、南無からたんのうとらやあやあ、おらが嬶がつばらんだアの、隣のかみさん是者ぢやの、何の彼のと修業はよけれど、遥か向ふから、十六七なる姉さんなんぞを、一寸又見染た、アアアアヱヽヱヽセノヨイ/\/\、よつぽど女にやのら和尚
『これから跡が肝腎要、其坊様と其娘とだん/\
『深くなりひら其お姿に打こんで、天に上らば比翼の鳥
『地に又あらば連理の枝と
『さへつさゝれつたのむうち
『折しも烈しきはやち風、どう/\どつと吹出し、雨は頻りにさつ/\さつと降頻る、此の虚にのつて稲妻さきてにぴか/\/\、雷神は太鼓引脊負ひごろ/\/\ぴつかり、今は詮方堪りかね、万歳楽コレ嬶々
『間違へば間違ふものだよ、稲妻ごろ/\雷神ぴか/\、蚊帳よ嬶釣れ臍立て線香隠せ
『ヤア面白かつた
『御苦労/\
『時にお紺さんの仕舞の出来るまで、俄狂言の言合せ、一寸お座敷の居処替り
『さゝめく拍子のヤツチヨン/\
『サア/\来なんせ黄粉餅
『行かんせ/\幾世餅、提灯餅がぬかるみで、すべつて転べばあんころ餅、旦那は頗るお金持、サア囃す末社の友狐、さゞめき連て入にける
『跡は野分の風戦ぐ、憂を見に知る黄昏時、お紺は思ひつく/゛\と、辛い座敷を立出て
『折角思ひ思はれて、二世と替した貢さん、榊さまと許嫁の、お内儀さんがある其上に、福岡の家や養子の御身、私の縁が切さへすれば、養子先の義理も立ち、あきもあかれもせぬ仲故、嫌でもあらうが得心して、別れて呉れとのアノ叔母様がくれ/゛\との御頼み、トハ言ふものゝ是がまア
『一夜流れの仇夢も、数へて見れば三四歳を、今更別れ片時も、浮世の日影見られうぞ
『私を誠の女房と、思ふて御座んすなればこそ、折紙の詮議をば打明てのお頼み、確かに奥の客が持て居ると思ふ故、帯紐解て此身をまかせ、折紙を取返し貢さんへ手渡して、死ぬる覚悟の私が橾、せめては死後の言訳に、一筆なりと書残さん、さうぢや/\
『さゝ蟹の軒に知せの糸筋も、千々の思ひにたてどなき、筆の命毛そこはかと
『たどる貢は軒近く
『アノ唄は油屋の二階にて、阿波の客が居続けに、面白想に唄ふに引換へ、今宵につゞまる折紙の詮議、お紺に頼み置たれど、今に否やの返事もないは、もし岩治の手にない事かハテ
『何をがなとつおいつ、内にはお紺も筆をとゞめ
『去乍ら今にも貢さんが御座んして、愛想尽しを言たなら、深い様子を知らしやんせぬ故、嘸憎いやつと恨まんせう、それが悲しい悲しいわいなア
『うすき縁とする墨も、涙ににじむかへす書き
『叔母が情に下坂の、刀は我手に有り乍ら、アノ折紙が手に入ねば、左膳様には御切腹、万次郎様には尚以て、御身に科が重なる道理、こゝろ/\の世の中ぢやなア
『硯の海の底深う
『申し貢さん此世の僅かの恋中も、未来は必ず女夫ぢやぞえ
『お紺さん/\
『アリヤ万野の声
『もつれ纏ふや伊勢の浜荻、外には貢が
『兎に角お紺を呼出し、様子を聞んと門口へ、立寄る奥より
『お紺さんは何処にぢやへ
『ヤヽアリヤ万野が声
『今逢ては首尾悪しと、庭口さして忍び入る
『お紺さん爰にかいなア、モ一遍と尋ねて居た、いや申し早速乍ら言にやならぬは、油虫客のかす禰宜の貢づら、と言かけると聞咎め
『アヽ申し万野さん矯ましやんせ、さして此頃派手な遊びはなさんせずとも、馴染重ねし主の事、かす禰宜の油虫のと、滅多なことを言しやんすなへ
『イヱ言いでかいなア/\、此古市中の女郎さん達へ、口先ばかりつべこべ/\と、嬉しがらせてアノ性悪な貢さん
『なんとへ
『ホヽヽヽアヽいとしやお前何にも知ぬのぢやな
『ソリヤ何がいなア
『ハテ方々の女郎を誑す油虫の貢づら、今も今とてお鹿さんへ度々の無心状、誠と思ふて身の皮はいで打込だのが悔しいと、私へつく/゛\身の懺悔、と懐中より文殻投出し
『コレ見やしやんせ、これで訳が分るがナ
『そんなら此文もあの貢さんから
『何と合点が行んしたかへ、モウ/\ふつゝと為にならぬアノ貢づらは思ひ切て、岩治様に靡かんせコレ悪い事はすゝめはせぬぞへ、とたきつけかける言葉の端
『どのやうに真似たとて、二世と替せし殿御の手跡、見違へて何とせう、見す/\知れたコリヤ偽筆、と言はんとせしが成程此文の様子では興のさめた貢さん、けふからお前の意見について
『アノ私がすゝめ得心して
『アイ岩治さんに乗替る、私や心になつたわいなア
『オヽホヽヽヽアヽマアよう得心してなア、アヽ嬉しやお紺さん大すき/\、そんならちつとも早う、サア御座んせとせがまれて、お紺は詮方泣涙、隠して座敷へ出でにける
『中庭伝への廻り縁、貢を目早く万野が見つけ
『貢さん此間から度々御出の噂は聞たれど、阿波のお客の居続けで、とんとお紺さんの明がなし、殊に今日は芝居の初日で、お客に連られ戻りは丁字屋で立ぢやとの事、ほんにお気の毒やホヽヽヽヽ
『そんならお紺はまだ戻らぬか、コレ万野どうぞお紺が戻り次第、一寸働いて呉れぬかい
『そりやモウお馴染のお客の事ぢやによつて、どうぞして上たいけれど、お客は阿波のお侍士、むづかしいお方故、お紺さんの居なさる座敷へ、ひよつとお前が顔など出してお呉なへ、ほんにモウ一文にもならぬお客につき合て居るは、うつとしいものぢやのう、と愛想もなげの憎体口、貢もむつとせし顔に
『ホヽヽヽヽ私とした事が、心の底に思ふ事をひよこすかと、貢さん必ず気にさへてお呉れなへ、爰にお遊びならば誰ぞかはりの女郎さんを呼ばしやんせぬか
『かはりの女郎をよべとあればソリヤどうなりと
『そんならかはりを呼しやんすか、貢さんようお出たなア
『俄かに変るからくりの、的をちがひの追従口
『マア何にせい御酒の支度をせにやならぬが、然しお遊びなさるならお腰の物と
『刀へかける手を払ひ
『イヤ此腰の物は滅多には
『お前も粋のやうにもない、伊勢の茶屋で腰の物預るは、昔からの慣習、夫に預けられぬと仰有れば、此方もお客にやなりませぬ、早うおかへりと追立れば、貢は当惑さすればお紺に頼み置く、否やも知ずとためらへば
『そんなら刀を預りませうか
『サそれは
『お帰りなさるか
『サア
『サア/\/\、せり合ふ奥より
『アモシお腰の物は私がお預り申しませう、と立出るは料理人
『ヲヽ喜介か
『貢様居続けのお客様で忙しうて、久しうお目にかゝりませぬ
『アヽ申し喜介どの、そんならこなたが腰の物を
『ハテあなたも元はお歴々のお侍士、軽はづみに女子の此方へ、お腰の物をお預けはなさるまいと推量して、たとへ賎しい料理人でも男の端くれ、私が預るハイ私がお預り申しまする、と言ば貢が安堵の思ひ
『然らば其方に預ける麁末なきやうにと手渡すを見て
『さらばお座敷の支度せう、お紺さんの名代はアヽ誰がよからうぞと
『そゝくさ座敷へ立て行く
『イヤ申しチト私が申上げたい事が御座ります、ちよつとそれへ
『ムヽシテわしに用とは
『喜介は四辺見廻して
『今改めて申上るも如何なれど、私が親共はあなたの御親父様へ、中間奉公致した身の上、親旦那様の御浪々、此志州の鳥羽へお逼塞の身と、おなりなされしその後に、父親めも此伊勢路に引移り、世を送る年月も、老病の枕元へ私を呼び、アノ福岡孫太夫様の御養子貢様は、われ/\親子が故主の若旦那
『随分ともに蔭ながら心をつけ、忠義をつくせと末期の遺言
『コリヤあなたにも御存じの事、しかし毎晩こゝへ御出あれば、御身に禍患まねく道理、モシ若旦那料理人づれの私が、洒落さいこと言おると、思召も御座りませうが、随分御身を大切に、叔母御様へ御苦労をかけぬやう、養ひ親御を御大事に、どうぞなされて下されませと、涙ながらに言述る、思ひは厚き俎板に、立る忠義のまな箸や、切目正しき意見ぞと、貢は殆ど感じ入り
『ハヽア頼もしい此方の意見、その心底を存じ居る故、只今預る一腰は、我故主の大殿より、若殿万次郎様へ求め下れと厳命ありし青江下坂
『ヱヽ左様なら此一腰が
『サア叔母じや人の厚志にて手に入しが、万次郎様が若気の誤りに折紙をかたり取れ、其詮議のため夜毎/\の郭通ひ、あながち放埓といふ訳ではない、と言つゝ喜介に
『ナナと囁けば
『ムヽその折紙を衒つた奴が此油屋へ
『アコレ
『サアヤアトヤ夜さの泊りはどこが泊りぞ
『草を敷寐の肱枕/\
『今宵は殊更人目も繁く、首尾する迄は
『奥座敷で
『貢さま
『喜介
『斯うお出なされませ
『雨の降夜は一しほ床し
『始終を窺ふ北六万野、次郎介連立ちぬつと出で
『北六さん今の様子を
『お聞なされましたか
『されば/\天の与への今宵の首尾、貢のさしたアノ刀が
『尋る青江下坂とは
『シツ窃/\
『奥では見立の智恵くらべ
『ほんによい智恵はないかいなア
『智恵はないか
『智恵はないか
『中々ちよつくらちよつとした事で、アノ下坂はちよろまかされぬ
『所で智恵が御座んする
『智恵があるとはコリヤ豪い
『シテその智恵はどうぢやいな/\
『大事のお客の言付と、喜助に料理言付けて、其間に此方へ下坂を、ちよつくらちよのちよいとひん盗む
『それから跡はどうしやる
『どうぢやいな
『私は当分欠落ぢや
『われらもこつそり国に行く
『所へ刀を持て行き、褒美のお金をたんと貰ひ、楽隠居とはどでごんす
『然しさううまくゆけばよいが
『ハテ案じなんすなマア奥へ
『来やれ
『踊り狂ふて入るあとへ
『立出る徳島岩治
『ハヽヽヽヽヽあいらが寄て馬鹿つくす、其間に一寸ちよろまかし、貢が預けし此下坂、身共が帯した此刀の寸尺と、丁度合たは幸ひ/\、独にこ/\鼻唄に
『あまり辛気くさゝに、棚の達磨さんを一寸おろし、うまいな、鉢巻よさせたり転がしても見たり
『ハヽヽヽヽ先は目釘も首尾よく抜たは、身が差料の此新刀と、此青江下坂と真をすつぱり、ちよいと程よく柄釘よ抜たり、取替ても見たり
『妙々しつくり鞘へおさまつた、にこはこ笑壷の徳島が、一間へこそは入りにける
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データ入力日:2016/05/17