題名

羅生門(らしょうもん)

詞章

声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第2編 長唄集(明治42年)

(杵屋勘五郎述)

『治る花の都とて/\、風も音せぬ春べかな
『抑々是は源の頼光とは我が事なり、扨も丹州大江山の鬼神を隋へしより此方、貞光季武綱公時此の人々を伴ひ、朝暮参会仕り候、今日も又雨降り徒然に候程に、酒をすゝめばやと存じ候
『有難や四海の安危は掌の内に照し、百王の離乱は心の内にかけたり、曇りなき君の御陰は久方の、空も長閑けき春ぞ久しき、如何に面々、誠に興も候はねど、此の春雨の晴間なく、昨日も今日も暮ぬとて、入相の鐘つく/゛\と
『春の眺の淋しきに、伴ひ語らふ諸人に、神酒を進めて盃の、取り/゛\なれや梓弓、矢猛心のひとつなる、兵の交り頼みある中の酒宴かな
『いかに保昌
『御前に候
『此の程都に珍しき事は候はぬか
『さん候九条の羅生門にこそ鬼神の住で、暮れば人の通らぬ由申候
『暫く土も木も、我が大君の国なれば、何処か鬼の宿と定めんと聞く時は、仮令鬼神の住めばとて住せて置かるべき、斯る疎忽なる事を仰せ候ものかな
『何と某が御前にて疎忽を申候や
『中々の事
『誠左様に思召さば、今夜にもあれ羅生門に行き御覧候へ
『扨も某が行まじき者と御覧じ、限りて承り候由さらば標を立て帰るべしと、左もあらげなく言いければ、満座の輩一同に、是は無益と支へける
『イヤ保昌に対して遺恨はなけれども、一つは君の御為なれば標をたべと申けり
『実に綱が申する如く、標を立てゝ帰るべしと、札を取り出でたびければ
『綱は標を給はりて/\、御前を立て出にける*1、立帰り方々は人の心も陸奥の、安達が原にあらねども、籠れる鬼を随へずは、再び又人に面を向くる事あらじ、是迄なりや梓弓、引けば返さじ武士の、矢猛心ぞ恐ろしき/\
『扨も渡辺の綱は仮初の、人の言葉の争により、鬼神の姿を見んために、物の具取つて肩に掛け、同じ毛の兜の緒をしめ、重代の太刀を佩き、猛たる馬に打乗つて、舎人をも連れず只一騎、宿所を出でゝ二条大宮を、南頭に歩ませたり
『春雨の音も頻に更くる夜の
『音も頻に更くる夜の
『東寺の前を打ち過ぎて九条表にうつて出で、羅生門を見渡せば、物凄じく雨落ちて
『俄に吹き来る風の音に、駒も進まず高嘶し、身振してこそ立たりけれ
『其の時馬を乗放ち/\、羅生門の石段に上り、標の札を取り出し、壇上に立て置き帰らんとするに
『後より甲の錣を捉んで引き上げければ
『スハヤ鬼神と太刀抜きて持つて切らんとするに
『取つたる甲の緒を引きちぎつて
『覚えず壇より飛下りたり
『斯くて鬼神は怒をなして/\、持つたる甲をかつぱと投げ捨て、その丈衡門*2の軒に等しく、両眼日月の如くにて、綱を白眼んで立つたりける
『綱は騒がず太刀指かざし/\、汝知らずや王地を犯す、其の天罰のがるまじとて掛りければ
『鉄杖を振上げゑいやと打つを
『飛び違つて丁と切る
『切られて組付くを
『払う剣に
『腕打落され、怯むと見えしがわきつぢに上り、虚空をさして上りけるを
『慕ひ行けども黒雲覆ひ、時節を待て又取るべしと、呼はる声も幽に聞ゆる鬼神よりも、恐ろしかりし綱は名をこそ上げにけれ

分類番号

00-2310000-r1s2y5a3-0001

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データ入力日:2016/05/16

長唄 羅生門 歌詞


*1 底本「立て立にける」とあるのを「たつていでにける」の読みに従い「立て出にける」に改めた。
*2 底本「衝門」とあるのを「かうもん」の読みに従い「衡門」に改めた。