茶筅売(ちゃせんうり)
詠梅松清元(さきそむるれんりのきよもと)
(資料の題名『詠梅松清元』)
(松井由輔述)
『ひとり思を枕に語り〔合〕せめて頼みの夢さへも、麻の衣に置く霜の、彼の唐土の劉君が、愛せし名をも黒牡丹〔合〕黒木おろして帰り道、ほうしやに乗せて茶筌売、其の曳く綱も糸に寄る、仏の御手も他生にて、縁は田舎の畦伝ひ、釈迦の涅槃も目を覚ます、水の出ばなの茶の花香〔合〕廿の人の喜撰まで、しやが父に似た時鳥、待つ身になれば暁までも、廻り/\て長嘯が墓も古其の古き、瓢箪見せよ鉢叩
『エエなんぢやいな置かしやんせ、今は其の身でありながら、たしなましやんせ坊さんと、恋にはひぞる二つ文字、重ね扇に三つ重ね〔合〕衣紋にそよと木枯や、関の此方に音信て
『爰は名に負ふ逢坂山、新たに建てし此のお関所、女子は行くことならぬ故、是からお前は歩路ひろふて下さんせ
『成程愚僧は雲水の身の上、是より東へ赴けば、又縁あらば逢うひませう
『そんならお前は
『不思議な縁の道連も、仏も元は凡夫なり
〔三下り〕『そも我は色に強ねたる世捨人、月のみ独昔顔〔合〕これも涙の種匏、酒はなけれど瓢箪を、見るにつけても凡夫心
『思ふ絆に結んでは、御師の涅槃の長枕、これが別れの辻占と
『行かんとするを押隔て
『コレ別るゝとは気にかゝる、七夕さんの雨の夜は、身につまされておいとしう御座る、恋といふ字に移り香乗て〔合〕牛の背にまでうきやつれ
『逢ふ夜短し逢はぬ夜は長し、来ぬ夜困じて苧田巻を、手繰来る/\車の轍、中よい同士とうたはるゝ、夫れが私の願ひぞや
『コリヤア小原殿は芸子おやまに仕込まれたか、とてもの事に梅幸がこしらへた流行唄、今專芸子が弾くさうだが、何とそれを聞しては呉れぬか
『その唄のことなら、たしか斯うであつたわいなア
『そなた思へば照る日も曇る、鑿や才槌鉋まで、そなたの顔に見ゆるとは、どうした因果な事ぢやいなア〔合〕
『それさにうつ惚れ申して、夜も昼も物が手にやつかぬ、野良で見初て背戸口で、口説くに夫れ程憎いのか、さりとはつれない男づら、エヽ面憎や
『コリヤ面白い今の振事、これからわしが相手になつて、関東座頭の話やら
『私は又陸奥瞽女の其の素振
『さらば是より話さうか
『自体我等は関東べいの座頭、瞽女は奥州金華山のほとり
『ひとり行くとは胴欲な、見られぬ箕尾の弁天へ、こもる地びたのつちのとの、己待の晩の嬉しさを、忘れてかいなと胸倉を〔合〕見えねば背筋と取ちがへ、言いたい事も痰の灸、七九の竹の心なら、割つて見せとも見えぬ故、恋でなうてもいつも闇、つい抱付も背中同士、灸をすりむく斗りなり
『隣藪からによき/\出たは、今年の筍のこの/\真竹、オヽ樋竹に見て置いた、ヤレ見て置いた、コレこちの樋竹に、ヤレ見て置いた、しよんがいなア〔合〕踊ろと儘よはねきろと儘よ、いとし殿御とこちや寝たが〔合〕よいわいなア
〔二上り〕『竹の丸木橋やあぶないけんども君となら渡ろへ、まだ/\/\/\まだかいな、おしやらく娘がじよなめいて、惚れたが無理ならしよことがねへ〔合〕
『松の葉越に一筆啓上、候べく候書いたる文はへ、きた/\/\/\きたはいな、道楽息子があぢよなさる、内のおやぢもしよことがねへ、しどもなや
『斯る所へ関原が内侍を捕へ走出て
『新院の胤を宿せし白岑の内侍、今此の処にて首ぶちはなす、覚悟なせ
『刀振上げ立向ひ、既にかうよと見る所に、五体すくんでたぢ/\/\、ためらふ隙に何処より怪しの忍びあらはれ出で、さゝゆる関原はね退け突退け、何か様子は白岑の、内侍を小脇にひん抱へ、逸足出して駆り行く
『不思議や爰に今迄も、あり/\見えし二人が姿、忽ち愛樹の松と梅
『扨こそ二人が此の有様、そもまづうぬは何奴だエヽ
『のふ我々が身の上こそ、そも人間の業受けて、見えし姿が二人の者、崇徳新院の御愛樹にて、旧梅古松の精魂なり
『さてこそなア
『奢る平家の其の為に、新院は讃岐へ遠流
『今は世捨の二木ながら、御懐胎の内侍さま、しん身に付添ひ守るなり
『邪慳の相国清盛が、院の御胤を失なはんずる〔合〕報の程を思ひ知れと、有合ふ枝を可責の笞、打てかゝりし業通自在、凡人ならぬ精霊の、ひらり/\と飛交ふ姿、北山風吹送る八百八町御贔屓町、木毎に花の顔見世は、深き恵ぞありがたき
(目次・本文の題名『詠梅松清元(茶せん売)』)
国書刊行会『徳川文芸類聚』 俗曲上 第九 「柏葉集」
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データ入力日:2016/05/17