関の扉(上)(常磐津) - 純邦楽詞章集

題名

関の扉(上)(せきのと(じょう))

本名題

積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)

詞章

声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第4編 常磐津集(明治42年)

(資料の題名『積恋雪関扉』)

(劇神仙述)

『待得て今ぞ時にあふ/\、関路をさして急がん、むかし/\往昔噺の其様に、しば/\似たる柴刈も、関屋守る身の片手業、柴を束ねてかいやり捨て、五尺いよこの手拭、五尺手拭中そめたしよんがへ
『樵夫の歌も世を厭ふ、身につまされて偲ばしく、忘る心に取敢ず、手馴し琴を調べける、恨めしや我縁〔合方〕
『ハテしほらしい音色ぢやな
『斯る山路の関扉に、さしも妙なる爪音を、聞に付ても身の上を、思ひ出せば錦の帷帳、玉の台に人となり、翡翠の簪飾妍やかに、ある人は初花の
『雨に綻ぶ化粧とは、女子をのぼす懸言詞
『今は夫には引替て、草の衣や袖せばき、姿を隠す蓑笠や
『杖を力にたど/\と関扉近く歩み寄る
『宗貞琴を鎮め給ひ、雪降れば冬籠りせる草も木も、春に知れぬ花ぞ咲ける、何と関兵衛どうも言れぬ景色ではないか
『成程左様で御座ります、此雪を肴に一つたべたらよう御座りませう、と話の中に小町姫、関の外面に立休らひ、申しちと御案内申しませう
『あれ関扉に誰やら案内があるぞや
『何案内とは何者ぢやと関兵衛が、関扉開て
『アヽ貴様は女ぢやな、此夕暮に供を連ず只一人、此関へは何故来たのぢや
『アイ私や三井寺へ参詣の者、関を通して下さんせ
『成程通りたくば通してもやらうが手形があるか、其様なものは御座んせぬはいなア
『手形がなくば通す事はならんならん
『コレ其様に言ずとも、此大雪で嘸難義であらう、了簡して通してやりやいのう
『さう仰有れば通してもやりますが、これ女中そんなら俺が尋ねる事があるが、夫を一々答へるか
『成程私が覚えへて居ることなら、何なりと答へませうわいなア
『先第一合点がいかぬ
『そりやマア何がへ
『サア其訳は
『一体きさまの風俗は、花にも勝る風姿
『桂の粉黛青うして、又とあるまい
『お姿を、お公卿さん方お屋敷さん、多くの中で見初たら、只は通さぬ筈なれど、其処を其儘捨置は
『生野暮薄鈍情なし苦なしを見るやうに〔合〕悪洒落いふたり大通仕打もあるまいが〔合〕何ういふ理屈か〔合〕気が知ぬ/\
『いやとよ我は恋衣、早脱捨て烏羽玉の、墨も袂の垂乳の、後の世願ふ菩提心、褐食の身にてさふらふぞや
『ホウ言葉は殊勝に聞ゆれど、菩提の道に入ながら、何故黒髪を剃ぬのぢや
『姿は世をも厭はゞこそ、心で厭ふて居るわいな
『シテ煩悩とは
『菩提なり
『提婆が悪も
『観音の慈悲
『又槃得が愚痴も文珠の智恵
『智恵も容貌も取なりも
『類ひなき身を百歳の、姥になるまで独寐は、惜い事では
『ないかいな、お目にかゝるも初深雪、凌ぐ小蔭もいとしやと、関の扉を押開き
『こちへ
『こちへと通しける
『小町は見るより、マアお前は宗貞様、お懐かしやと取付て、暫し涙にくれ居たる
『是はマア思ひもよらぬ、此処へばどうして御座つたぞ
『さればいなア、いつぞや布留の御寺にて、お別れ申した其後、王子様の横恋慕、是非に入内とある故に、舘を出て此様に、身を忍んで居りまするはいわ
『夫は嘸憂艱難をさつしやれたであらうのう、某己とても同じ身の上、コレ此所は先帝の御陵故、移し置たる御愛樹のあの桜非生のものとは言ながら、崩御を悲しむ余りにや、薄墨色に咲たるを、そなたの歌の徳によつて、盛りの色を増たれば、小町桜と言伝ふ、其名に愛て少将も、一木の元に侘住居、思へば果敢ない縁ぢやな
『始終を聞て関守は、そんならあなたは小町様で御座りましたか、コレハ/\少将様にも、嘸お喜びで御座りませう、是からは打寛ろひで、其馴初の恋話、お聞せなされて下さりませぬか
『イヤ此身になつて、今更語るも面伏せ
『左は言へ迷ひの雲霧を、懺悔に晴すも悟りの道
『そんなら恋の世語を
『早う聞たい所望ぢや/\
『其初恋は去年の秋、大内山の月の宴、其折からに垣間見て、思ひに堪かね一筆と、書初しより旦暮の
『文玉章の数々は、何と覚えがあらうがの
『其水茎のこま/゛\と偽りならぬ真実を、聞嬉しさも押包み、恋焦れても母さんに、一旦誓ひを立し身の、色に心は引れじと、思ひ返していなせをも、言ぬは言に真蘇枋の芒
『小野とは言じ恋草に、百夜通ふて誠を見せて、忍び俥の榻に行く、やつし姿の夜の道、いつか思ひは山城の、小幡の里に馬はあれども
『さつても実ぢや真実ぢや、一里あまりわくせきと、そんなら駕籠にも乗ずにか
『君を思へば徒跣足
『月にも行
『闇にも行
『さて雨の夜に行く思ひ蟋蟀は我恋を思切れとの辻占も祝ひ直して
『行く夜の数も九十九夜、今は一夜ぞ嬉しやと、待日になれば先帝の、崩御と聞に身の上の
『恋も無常と立かはる、君の菩提を葬はんと、位を辞していそのかみ、布留の御寺に終夜、御経読誦の折も折
『私も其時母上の、後世祈る志心、一夜籠に思はずも、お顔を見るよりぞつとして身にこたへ、後生菩提も何処へやら、捨て二人が稲舟のいなにはあらぬ嬉しさに、立し誓ひは破られずと、つひ其儘のうき別れ、思へば果敢なき縁ぞと、かこつ涙の流れては、関の清水や勝るらん
『関守側から、悲しいはお道理/\、何も彼も是からは、此関兵衛が飲込んで居りまする
『そんならお前に頼むぞへ
『サアそれで定つたと言ふものだ、媒人は此関兵衛、四海波静かにでもあるまい、ハテどうしたものであらうなア、アヽそれ/\此関守には毎年七夕祭が、其祭になぞらへて、あなたは牽牛お前は織女
『ヲヲそれ/\秋と冬とは変れども、年に一夜の天の川
『とわたる星になぞらへて、七夕祭にかゝらうか
『実に織姫の簪の袖、秋の錦をおり機の、中に総の字をあらはし、砧の上へゑんれつの声、頻りに暇なき機の音〔合〕きりはたりてう/\、賎が手業やことわざの、内に関兵衛懐中より、落せし割符を小町姫、手早くとれば
『ヤそれは
『それ/\/\/\そつこでせい
『恋ぢやあるもの渡らでおこか、渡らば爾して〔合〕斯してと、目褄隙間を何白河の、橋を渡ろか船にしよか、橋と船とは恋の仲立ほんにへ
『中々に初めより馴ずば物も思はじ〔合〕わすれは草の名にあれど、忍ぶは人の面影/\たまに逢瀬の七夕もせめて一夜あるものを、一期添れぬうき恋は、つれない此身ばかりにて、流涕こがれ泣給ふ
『アヽこれ/\コリヤどうで御座ります、其お歎きを見まい為、今宵しつぽり露霜に、色づく紅葉の橋渡し、所詮媒人は宵の程、われ等は奥で酒の燗、長居はおそれと走り行く
『折しも西の雲間より、真一文字に白尾の鷹、彼処の石にとまりしを、
『宗貞見るより、ヤアあれは正しくせいらいの鷹、足に何やら付たるは、ハテ怪しやと立寄り見れば、片袖に血汐を以て、二子乗舟としるせしは、往昔嬰のこうしゝゆが兄に代つて死したる詩詠、扨は弟安貞は
『お前に代つてお果なされましたといなア、不憫の者の身の果と、歎きの内に片袖を、石上にとり落せば、血潮の汚れに鶏の声、宗貞耳をそばだてゝ、ハテ合点の行ぬ鶏の声、仔細ぞあらんと見廻して、石押退れば思はずも、見れば土中に怪しの鏡
『小町は駆寄り手に取上げ、コレ此鏡の裏に、生るが如き鶏の形、血汐の汚れに声をあげしは、紛ふかたなき大友家の重宝八声の名鏡、篁さまよりお渡しありし此割符と、最前関守が落せし割符、これかう合せて見るときは
『鏡山といふ文字、何にもせよ合点の行ぬはあの関守あとに残りてなほも様子を窺はん、そなたは是より立帰り、狼煙を相図に関の四方を圍まれよと、篁へ伝へてたも
『そんなら私は
『小町殿
『宗貞様
『片時も早うと宗貞の、言葉にまかせ小町姫、恋しき人に別れても、又逢坂の山伝ひ、雪踏分て、
『急ぎ行く

分類番号

00-1331200-s4k2n5t5-0001
データ入力日:2016/05/17

常磐津 関の扉(上) 歌詞