関の扉(下)(常磐津) - 純邦楽詞章集

題名

関の扉(下)(せきのと(げ))

本名題

積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)

詞章

声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第4編 常磐津集(明治42年)

(資料の題名『積恋雪関扉』)

(劇神仙述)

『今宵も既に降頻る、雪の翼の羽風をも、音静やかに更てゆく、まさに先帝御なきあとを、とひ奉る後夜の読経、尚も回向を忘れもやらす、誦するも弟安貞と、心許りの手向草
『宗貞袖を取出し、アヽ去ながら血汐にそみし此片袖、身に添持てば先帝への恐れあり、如何はせんと四辺を見廻し、ヲヽ夫よ/\と件の片袖、琴の下樋へ押隠す、其間に奥の一間より、一杯機嫌で関守は、調子盃盞携へて、足もひよろ/\歩みいで、エイ世の中に酒程楽しみはないわいの、ヤアお前はまだ寐ないか、エイヤ何故寐なさらぬよ、シテ此花嫁御は何処へいつた、ハヽア彼奴床急ぎだな、エヽ急ぐやつさ、コレお前もいつて寐なよ、寐ぬは損だ、ばさらんだ、あれはさのゑい、これはさのゑいやと恋の淵、若もはまる気で四つ紅葉
『成程わしは往つて寐ようが、そなたはきつい酔ようぢや、アヽ危険い/\、と言様入れる懐中の、手先を押へて
『アヽコリヤ何をするへ、俺が懐中へ手を入れて、ドどうするのだ
『サア是は
『イヤどうするのだよ、エヽ聞こた/\、紙がないと言事か、神も末社も打連て、目出た/\の若松様よ、枝も栄へて葉も茂る、お目出たや千代の子お目出たや、千秋万歳万歳/\/\/\万々歳、ハアヽヽいざさせ給へと押やられ
『始終を胸に宗貞は心残して奥へ入る
『あとは手酌の一人酒、アア嘸今頃は茂れ松山、エイアゑい気味だぞ、コリヤ命を掻挘るはへ、どれもう一杯、酒にうつらふ星の影
『此盃中にちん星の、閃めく影は寅の一天、今月今宵三百年にあまる、此桜を伐つて護摩木となし、班足太子の塚の神を祭るときは、大願成就心の儘、此斧をもつて立所にどれ
『彼処の石に斧の刃を、押当/\磨ぎ立る(合)音はそうそうとう/\と、闇を照せる金色は、玉ちる許り物凄き
『此斧の刃を試むるは、幸ひなる此琴と、突立あがつて斧振あげ、二つに伐ればコハ如何に、内より出る血汐の片袖、手に取上ぐれば懐中に、深く秘置く勘合の印授は、おのれと飛去つて鳴動するぞ不思議なる、ハテ心得ぬ、此片袖を手に取ば、我懐中の勘合の印、桜の梢に飛去しは、愈々怪しき此桜木、何にもせよと立かゝり、伐んとすれば目もくらみ、覚えずあとへたぢ/\/\、暫し心も消え/゛\と、斧にすがりて茫然たり
『幻影か深雪に積る桜影、実に旦には雲となり、夕べには雨となる、巫山の昔往目のあたり墨染が立姿
『仇し仇なる名にこそたてれ、花の莟のいとけなき、禿立ちから郭の里へ、根ごして植て春毎に、盛の色を山風が、来ては寐よとのかねことも、とまり定めぬ泡沫の、水に散りしく流れの身
『関守は心付き、ヤア何処とも見馴ぬ女、この山影の関扉へ、何時の間に、何処から来たのだ
『アイ私やアノ、撞木町から来やんした、
『ムヽ何しに来た
『逢たさに
『ソリヤ誰に
『こなさんに
『何俺に、そりや何故
『色になつて下さんせ
『エ何がどうしたと
『サア恥かしい事ながら、私しや見ぬ恋にあこがれて、雪をも厭はず遥々と、爰迄来たほどに、何卒色よい返事をして下さんせ
『コリヤ有難いと言たいが、どうも合点がいかぬはへ
『お前もマア疑ひ深い、其処が歌にもいへる、桜さく桜の山の桜花
『咲く桜あり、散る桜あり
『思ひ/\の人心ぢやはいなア
『さう聞ば有さうな事、何にもせい今日の下に二人とない、容貌なら風俗なら、路考いはれぬ撞木町の太夫職が色で逢うとは、コリヤ大きに仕合が直つて来たはへ、そんなら愈々これからは
『いつまでも可愛がつて、秀鶴の千代八千代、諸白髪まで添遂て下さんせ
『夫は近頃忝謝ない、ときに太夫さん、お前のお名はへ
『墨染と言やんす
『何墨染、あの桜の名も原は墨染
『エヽ
『ハテゑいお名で御座りますの、夫は兎もあれついに俺は、女郎買をした事がないが、曲輪の駆引
『馴染のしこなし間夫狂、実と
『嘘との
『手管の諸訳
『裏茶屋這入りの魂胆まで
『そんなら爰で話そかへ
『行も帰るも忍ぶの乱れ、限り知れぬ我思ひ
『月夜も闇夜も此の郭、忍び頭巾の格子先
『行つ戻りつ立尽す
『向ふへ照す提灯の、紋は菊蝶丁度よい、首尾と思へど遣手が見るめ
『待たぞや
『ヲヽよう来なんした逢たかつたも目で知せ、暖簾くぐりて入るあとを
『残り多げに差覗き、ア扨待たせるぞ/\と、一人呟く程もなく
『籬の内より小手招き、ふわと著せたる襠に
『裾に隠れて長廊下、毒蛇の口を遁れし心地、ほつと一息つく鐘も、引四つ過て床の上
『ヤまだ此暖まりのさめぬのは、先刻に帰つた客でもよもやあるまい、コリヤ外に出来たはへ、何処の何奴か知ねども、お年が若うてよい男で、お金も沢山御所持なされた色男様と、しつぽりお契りなされたで御座りませうの、エヽ腹の立つ
『ホヽヽヽコリヤ可笑い、覚へもない事言掛て、口舌の種にさんすのかへ
『憎らしいとふつヽり捻れば
『アイタ/\/\痛いはい、斯麼所に居やうより、帰りましよ/\
『これいなア
『身は色々の形姿
『あしなかを、つま立てちよこ/\、ちよこ/\足を爪立て
『ハアこれはしたり、煙草入を忘れておいた、ア儘よ何とせう、アイヤイヤ/\うか/\として睫毛でもよまれては恐い事/\、どれとは思へどどうせうなア、イヤ/\/\思ひ切てどうでも帰らう
『これ
『往のうやれ、我古郷へ帰ろやれ
『立舞ふ内に落たる袖、これはと墨染取上て抱締つ身に添つ、床しき夫の筐やと、人目も恥ず泣ければ
『ヤアそなたは何を泣のぢや
『サアこれは、ヲヽそれ/\此片袖は他処の女中さんから書てよこさしやんした起請ぢやの
『イヤそりや片袖だ
『イエ/\起請で御座んせう
『オヽ成程起請ぢや、エヽお前はなア
『これこの様に始めから、起請誓紙を取替し、深いお方が有ながら、隠して置て又わしに、色で逢うとはようも/\誑さんしたか憎らしい
『そうとも知ず慕ひ来て、見れば果敢なや片袖の、血汐の文字は亡跡の、筐と思へばいとゞ尚、アレ懐かしい悲しいと、言葉に色は含めども、心の剣穂に現はれ、立寄る女を
『はつたと白眼つけ、最前より此片袖に、心をかくる怪しき女、様子を明せ何と/\
『ヲヽ此片袖は夫の血汐、それのみならず最前我業通にて手に入し、勘合の印を所持なすからは様子があらう、本名あかせ何とぢや
『斯なる上は何をかつゝまん、我こそは中納言家持が嫡孫、天下を望む大伴の黒主とは俺が事だはや、
『扨こそ
『我に恨みをなさんとする、そも先汝は何者ぢや
『のう去し恨みのあればこそ、そも人間の業うけて、女子とは見すれども、小町桜の精魂なり
『我は非生の桜木も人界の生を受れば、七つの性も備はつて、五位之助安貞殿に、契りしことも情なや
『不慮の矢疵に玉の緒も、絶るばかりの折も折、御兄君の身に代り、敢なく此世を去給ふ、夫の筐の片袖に、ひかれ寄る身は陽炎ふ姿
『我本性の桜木を、邪慳の斧にかゝりしぞや、報ひの程は思ひ知れと、あり合桜を呵責の笞、はつたと白眼む有様を
『ヤア小癪と無二無三
『斧取直して打掛れど、凡人ならぬ精霊の、業通自在の身も軽く、ひらり/\/\/\飛かう姿は吹雪の桜、霞がくれや朧夜の、水の月影手にもとられず、見へみ見へずみ又現はれて、今ぞ則ち人界の、輪廻を離れ根にかへる、しるしを見よと言ふ声ばかり形は消て桜木に、春も斯やと帰り花、雪を踏つけ踏しだき、水に戻れば墨染の、小町桜と世に広き、普く筆に書残す

分類番号

00-1331200-s4k2n5t5-0002
データ入力日:2016/05/17

常磐津 関の扉(下) 歌詞