#author("2016-10-21T11:37:28+09:00","default:Tomoyuki Arase","Tomoyuki Arase")
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*題名 [#fe538221]
八犬伝富山の段(下)(はっけんでんとやまのだん(げ))
*本名題 [#eb480872]
八犬義士誉勇猛(はっけんぎしほまれのいさおし)
*詞章 [#u1dc2130]
**声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第4編 常磐津集(明治42年) [#k2429857]
(資料の題名『八犬義士誉勇猛』(富山の段)下)

『更渡り冴行く月もいとゞなほ、最早此世の名残の勤、急がんものと御経の、紐をとく/\繰返し、第五の巻の提婆品、仏の誓ひ違はずば、女人成仏なさしめ給へと押戴きて高らかに、御声清く読誦ある、経の功力と妙音の声に感じて八房が聞居る所を
『彼処より太腹どうと打抜く筒音、余れる玉に姫君も、肩先打れ伏し給ふ
『向ふの森の茂みより、現れ出たる金鞠大助、折しも雲間に入月の、火縄打振り探り寄る
『此方の藪より義実公、狩装束弓杖つき、探り/\て手にあたる鉄砲をむづと取り、互に引あふ途端と途端、遥か彼方へ投退たり、又立寄て弓に手を、懸て引あふ其折から、雲間を出る月影に、互に顔を見合せて
『御主君にてわたらせ給ふか
『左言は金鞠大助か、これはいかに
『コリヤどうぢやと、呆れて言葉もなかりけり、大助は遥かにすさり
『御使を仕損じたる私なれば、一つの功を立たる上、御詫と存ぜし所、噂に聞たる富山の有様、かの畜生を打殺し、姫君の御供して、再び帰参と此山へ、忍びて夜毎登りしかど、八房に出合ず、扨は畜生山をかへしか、姫君を取返さずば何を手柄に金鞠が、頼みの鎖も切果て、腹切んと幾度か、柄に手は懸けたれども、功もなさで相果なば、愈々不忠の名はのかれずと、洲先の行者へ祈誓をかけ、此所へ来り見れば、姫君には御経を高らかに読給ふ御傍にはかの畜生、憎さも憎しと覗ひを定め二ッ玉にて打留たり、姫君はいづくにおはす、伏姫さま姫君さまと、呼ど答は山彦の、谺に響く水の音、是は不思議と両人が、さがす岩屋の傍には、八房が斃れし死骸、内とすかせばこはいかに、打伏給ふ伏君の、姿に驚く大助が、胸は早鐘気は狂乱、チエヽ口惜やな、畜生奴を打放したる鉄砲に、手強く仕込し玉薬、余り強くし姫君に、手を負せしか残念やと、余りの事に茫然と、呆れ果たる計りなり
『義実公は立より給ひ、急所はよけて擦り疵、それと用意の印籠を、差出し給へば、大助は伏姫を抱起し、気付を含ませ耳に口、伏姫さま姫君さまいのうと、声を限りに呼生れば
『息ふきかへし目を開き、ムヽ
『ヲヽ気が付たるか
『御気が付きましたか
『アヽヽヽヽ父上様か、そなたは大助
『姫君様お手は浅い、御心確にお持あそばせ、大切の御身の上、憎き畜生二つには、功を立んと二ッ玉にて打たれど、玉が余りて勿体なや、姫君までも、あやまちし、此身の罪のいかにせん、科に科を重ねし某、せめて冥土で申訳と、刀の柄に手をかくれば
『ヤレ待て大助早まるな、某がいふ事ありと押止め、如何に両人慥に聞け、戯の一言にてかゝる返事を引出せしも身があやまり、悔んで返らぬ因果の理屈、思ひ出せば一昔、大助が父金鞠八郎、大功を立ながら恩をしやして忠死の折柄、孤子の大助をもり立て、伏姫に娶合せんと心の約束、年月は立たれども、戦国の習ひにて婚姻の暇なく、其儘に打捨たり、誰知ねども我心に、許せし聟は大助なり、八房を打たる玉の余りて姫が手疵も理屈、女敵討しも同じ事と
『言より早く伏姫は、用意の懐剣抜く手も見せず我腹へ、柄も透れと突き立る
『是はと斗り義実公、大助も走り寄り、姫が脇腹しつかと押へ、コリヤ何故の御生害、狂気ばし召れしか、但しは拙者へ面当か、チエヽ情なき御自害と、抱きいたはる介抱に、姫は苦しき息をつき
『父上の御咄にて、初めて聞たる我身の上、死ねばならぬ因果の道理、父上さま大助どの、一通りお聞なされて下さりませ、父の一言反古にせじと八房に伴はれ、此の山へ入しより、法華経読誦に他念なく、今日まで肌身は汚されねども、何時しかたゞならぬ身となつて、いかなる病と訝かるうち、最前奇しき草刈童、未前を示す不思議の言葉、胎内に犬の精気、自然とやどるも定まる業と、説示して掻消す如く姿の失しは、疑ひなき洲先の行者の御告と思へば、おめ/\生て居て犬の子を産ならば、我身ばかりか父上まで、末代までの御恥辱、二つには大助どの、父の心に我夫と、定めし人へ申訳、夫故覚悟の此自害と、語る、内にも湧き出る、血汐の瀧の四苦八苦、涙は袖に淵なして、見る目もいとど哀れなり
『義実公は涙を払ひ、ハヽ孝貞義女とも言つべし、国の為家の為、親の為に其身を捨て深山に入乍ら、畜生に汚されず一念腹に宿りしを恥ぢ、大助への言訳切腹とは出かされたり、是皆玉梓が悪霊なりと、夢の告にて委しく知る、その証拠には水晶の数珠、最期の際には元の文字にかへるべしと、仏の告の其念珠、大助是へとのたまへば
『ハツト答へて伏姫が、首にかけたる水晶の、念珠を取て奉る
『義実公はつく/゛\と、月にかざしてとつくと眺め、さてこそ/\、如是畜生の文字は消て元の如く、仁義礼智孝貞忠信の、八ッの文字となりたるは、是ぞ悪霊解脱のしるし
『と聞に伏姫顔をあげ、斯る不思議の御告を、見る上からは迷ひの雲、晴渡りたる心の涼しさ、此世に思ひ置ことなし、仏の告と物語、胎内に宿りし精気、水晶の数珠の功力と、法華経の功徳によつて、八つの子も里見の家の忠臣と、生れ変ると聞くからは、自らが一念の神と成て、八の玉八人の忠臣の子胤となさん、是見給へと痛手も屈せず気丈の有様、数珠押揉で声高く
『南無神変大菩薩、奇特を茲に見せ給へと、一心凝たる祈念の信力、念珠持添へ九寸五分、きりり/\と引廻す、時に不思議や震動なし、颯と吹来る風諸共、念珠は切て八つ玉、虚空へ巻上霊々と、光を放つて飛散たり、又ひき廻す疵口より、走る血汐は唐紅色、見えみ見えずみ朦朧と、影は八つの犬の形、同じく空へ飛去ける、奇代の不思議に義実大助、空うち守るばかりなり
『大助は涙を払ひ、某は武道をすて、功を立ざる犬武士、犬といふ字を二つに分け、丶大と直に名乗るべしと、髻ふつと切払ひ、両腰取て投出し、是より直に仏の道、諸国修業も姫君の、後世の追善二つには、散たる玉を持たる勇士、尋ね探して二代の忠臣、見付出すはこの丶大と
『いふに義実目をしばたヽき、天晴忠臣感じ入る、さは去ながら不愍の最期娘伏姫、成仏せよと父がいまはの一言に、伏姫は目をひらき、アヽ嬉しや本望や、念願成就の上からは、一時も早う西方浄土、父上様おさらば、大助さらばも舌強がり、今ぞこの身の知死期時、南無阿弥陀仏と丶大坊、唱ふる声と諸共に、剣をぬけばがつくりと、散て果敢なくなりにけり、義実公も恩愛の、血流の涙はら/\/\、丶大も共にため涙、一度に滝と漲りて、水も増たる谷川に、巌も流す許りなり
『義実公はやう/\と、はてし涙を押拭ひ、是より丶大は当国より、東八ヶ国を徘徊なし、尋ねて勇士を求めよと、仰せに丶大は勇み立ち、仰せにや及ぶべき、犬の精気を受たるは、取も直さず八犬士、尋ね出すは案の内、気遣ひ給ふな我君と、矢猛心の梓弓、引ば引るゝ後髪、見れば見にうく水晶の、玉を欺く白露に、草の袂も白膠木の紅葉、産れぬ先の故郷へ、錺る錦の色々や、仮の浮世の仮も仮、枕に残る法華経の、功徳は深き八つの玉、八犬伝と読本に、千代も伝へて常磐津の、節に残るぞ勇ましゝ
*その他の情報 [#ued8c072]
*関連項目 [#v2333881]
[[八犬伝富山の段(上)]]
*タグ [#ge1beab2]
*分類番号 [#qa1003f2]
00-1331200-h1t3k4n0-0002
RIGHT:常磐津 八犬伝富山の段(下) 歌詞