#author("2016-10-21T11:37:36+09:00","default:Tomoyuki Arase","Tomoyuki Arase")
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*題名 [#v04abfcc]
双面(ふたおもて)
*本名題 [#h07db038]
両顔月姿絵(ふたおもてつきのすがたえ)
*詞章 [#g531a4ef]
**声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第4編 常磐津集(明治42年) [#y243d44d]
(資料の題名『両顔月姿絵』)

(木村ゑんふ述)

『名にしおふ、月の武蔵に影清く、霞を流す隅田川、岸を分れば下総と、昔はいふて今も尚、よしある人の言問はゞ、ありのまに/\在原の、まめな心を都鳥、むれつゝ寄する白浪は、瀬々に堰れてはつとして、伊達な浮気を渡し守
『川淀にうつす姿も自ら、色ある露の水馴棹、さす手も遠き唐土の、五湖の景色はいざ知ず、知辺を松の名に愛でゝ、縁も深き嫩草、葉越隠れの二人連、来るを遅しと待居たる
『待乳山夕越くれば庵崎の、隅田川原に独かも寐んと、すさみしも理や、見ぬ唐土の八景はいざ知ず、はて面白き景色ぢやナア、それはさうと夫軍助の知せ故、此所へお出なさるゝ松若様を、先刻にからお待申て居るが、どうして此様に遅い事ぢやゝら、ほんに待るゝ共待身に成なとは、よういふた物ぢやナア
『暫し案じて佇めり
『恋には身をもやつせといふた、いふた/\よう言た、其言葉を偲ぶにまかせ、徒歩や跣足で人目の関を、荵々と売歩く、荵売る身は斯うも有かと、小褄をしやんと川千鳥、千鳥鴎の名所なる、隅田川原に著にけり、夫と見るより船より出で
『ヤアあなたは松若様で御座りますか、大体や大方お待申た事ぢや御座りませぬ
『ヤアおしづかいの嬉しや/\早速乍ら聞てたも、軍助が言葉にまかせ、二人共此様に、荵売と姿をかへ、此処迄は来れども、道々も恐ろしい事のある条、コレあの寿姫は人手にかゝつて死やつたわいの
『聞ておしづも吃驚し、そんなら姫君様にはあへない御最期で御座りましたかいな、ほんに習うはぬ旅路も、お許嫁の松若様に、逢たい添たいと思ひ焦れておいで遊ばしたもの、なんの未来も成仏なされませう、ほんに果敢ない御縁で御座りましたナア
『と涙の中に、松若丸、懐中より帛紗を取出し
『是を見てたも、又とだに思はぬ中の別れ路を、言葉残りてなほや恨みん、稚い時の別れさへ、許嫁の此松若へ、形見に送りし此一首も、今は未来の置土産となつたかいの
『此世の御縁は薄くとも、御本妻と定るからは、未来は添て下さりませ、仮の此世の殿御をば、私がお預り申て御座んすぞへ
『肩身こそ今は仇なる其帛紗せめては妄執も晴るやう、煙となさば未来の門火
『それ/\どうぞ未来は成仏なされて下さりませ
『南無阿弥陀仏/\と傍へなる、岸根に焼る葦の火へ、形見の帛紗打入れば
『又も瞋恚の立登る、煙隠れに怪しの心火、現はれ出ると見へたるか、ためらふ暇もなか/\に、おしづを始め松若おくみ、たゞ茫然と伏にける
『白波の雲かあらぬか煩悩の、堕落にうせし法界坊、姫が魂魄さそひきて、姿は一つ二面、恨をこゝにあり/\と同じ出立のやさすがた
『わしが在所は京の田舎の片辺、八瀬や大原や芹生の里、世を忍ぶ故姫御前の身で褄からげ、荵いらんせんかいな、買んせんかにや、世を忍ぶしのぶの乱れかぎりなき恨みの刃に情なや、恨みもやらで其人の、つれそふことの恨めしく、うつら/\と迷ひきて、小舟間近く立寄ば、松若ふつと心付き
『ヤアそなたはおくみぢやないかいの
『アイくみぢやわいの
『といふに心も晴やらず、此方の二人を呼生て
『ヤそなたはおくみか、心がついたかいの
『ヤア松若様、又恐ろしい事で御座んしたな
『と言葉になほも恐気だち、おしづ/\と呼生て
『コレおしづ気がついたかいの
『ヲゝお二人で御座りまするか
『コレおしづおくみが何時の間にやら二人になつたわいの
『何を仰有りまするやら、どうしておくみさんが二人あつてよいもので御座りまする、と言つゝ此方を見て吃驚、暫し言葉も出ざりしが、やう/\に胸をすゑ
『もしお前の名は何と申ますへ
『アイ私やくみといふわいな
『と聞て此方へ立戻り、シテお前の名は
『アイ私はくみといふわいな
『ほんにマア此方にもおくみさん此方にもおくみさん
『こりやまあどうぢやと驚けば
『ヱゝ何のこつちやいな、私を退て外におくみがあつてよいものかいな
『ヱゝ何のこつちやいな、私を退て外におくみがあつてよいものかいな
『イヤもう何方がおくみさまぢややら、とんと合点がゆかぬわいな、イヤ申おくみさま、あなたは何時ぞや柳橋の大黒屋で踊初のあつた時の振事、私やよう覚えて居りまするが、そちらなおくみさま、お前もよう振を覚えておいでなさんすかへ
『それを忘れてよい物かいな
『そんならこゝで見ようかいな
『サア其振事は
『其振事は
『恥かしなから一寸小褄をかう取て
『尾花招けばうなづく小萩、何をくねるぞ女郎花、わしや可愛うてならぬのに、扨も縁が朝顔ならば、郭の女郎衆は見やせまい、開くを莟が開いたと見やせまい、サイナ/\さうぢやといな、人をしのぶの草隠れ、おしづもほつと持あぐみ
『いやもう不思議といはあうかとんと合点がゆかぬわいな、ヲゝそれ/\そんなら此上は松若様が、幸吉と名を変て、おくみさんの所へ行しやんした、其馴初の睦言は、お前ならでは知たものは御座んせぬ、サア其話が聴たいわいな
『サア其睦言の話はな、恥かしながらよう覚えて居るわいな
『ハテマアこちらなおくみさまから聞うわいな
『それ/\夫を聞うわいな
『サアそれは
『過にし梅の花見月、目見へ初めと手をついて、ふつと見合す顔と顔、いとしらしうて優形で
『ほんに思へば徒らな、人の前髪何のその、嗜んで見ても忘られず、目先にふだん業平さんも、及びやせまい殿振と、惚て心で褒て居て、ついした訳に成たのが、積り/\て何時しかに、桃と桜の色競
『雛遊びのさゝごとに、二世の堅めと抱しめて、つい手枕のそゝけ髪、直してあぎよと髪挿に、お前の紋のさしこみは、癪といふもの初て知た、外の殿御の肌知ず、思ひ焦るる私ぢやもの、何の心が変らうと、彼方へ引ば此方へも、縺れ縺るる糸柳、風にもまるゝ風情なり
『おしづは夫と見るよりも、中を隔てゝ結柴の、こちらも/\莟の花
『若木の薫床しさに、見とれ居さんす其中へ
『内の子飼の長太奴が、阿呆の癖にいやらしい、稚遊びにかこつけて、捕迷蔵はんま千鳥、ちりてはしたふ磯隠れ、しゞうをおしづが止めても、止め兼たる妹脊中、結び柏や振袖の、垣根に纏ふ蔦かつら、離れがたなき風情なり
『誰とて思ひは同じ飛鳥川、瀬とかはりゆく昨日今日、修羅の苦験のはれやらず、名乗らでしれや我思ひ、じつと見る目も物凄く
『松若様おくみどの
『恨めしの心や、人の恨みの深くして、刃にかゝりし身の因果、生て此世にあるならば、いとし殿御と添もせう
『アヽ可愛女と寐んものを、なまなか出家を遂げし身は、苦験に障られ法心の、中立を忘れしも皆誰故ぞおくみゆへ
『私が迷ひは松若様、稚馴染の許嫁、末を頼みの甲斐もなく、思はぬ憂目三つ瀬川
『胸に漲る思ひの淵
『あさいは縁
『深いは恨み
『恨みは人をも世をも、思ひ思はずたゞ其人こそ
『憎し
『つらし
『なさけないぞとかこち泣き
『かつぱと伏して泣き居たる、おしづは夫と気はつけど、なほも様子を見届んと、二人が傍へ立よつて
『成程聞ば聞く程合点の行ぬ二人のおくみ様、此うへの思案にはそれ/\去年の秋、神田祭に稽古した踊りの振、私等も相手になつて
『サア其振が見たいわいな
『サア其踊の振はな
『それ
『それ
『それ/\/\そつこでせい、花容の渡しに色の綾瀬川、姿箕の輪と浮名は請地、人が庵崎心の関屋、天神さまの御世話なら、片葉の蘆ぢやないかいな、それ/\/\誓文さうかいな、花川戸恋を待乳は三圍や、逢にや牛島わしの森、縁の橋場も嬉しの森よ、白鬚さまのお世話なら吾妻橋ぢやないかいな、それ/\/\誓文さうかいな、離れぬ中の縁ぢやもの、揃ふ姿の品かたち、おしづも今はもどかしく懐中の尊像取出し
『此上は夫軍助殿諸共日比信心なす、浅草の観世音此尊像の功力をもつて、化生の姿を現はし給へ、南無浅草観世音
『と一心凝てさしつくれば、今まで見まがふ顔ばせも、慄ひ戦なき忽然と
『あゝら恐ろしや苦しやなア、娑婆の業印深き故
『思はぬ此身に験を請け、倶に奈落の底も、引立ゆかんとせしかども、観音薩陀の誓ひに恐れ、我と我身をせめに責めくる冥土の使、かけもよしなや恥かしのもりてよそにや白露の、見へつ隠れつ面影のありとは見えて春風に、姿は消てうせにけり
『人々奇異の思ひをなし、げに観音の御功力と、奇瑞を感ずる折こそzれ、間近く聞ゆる貝が音太鼓、おしづはきつと心をつけ
『あれ/\あの太鼓はたしかに常陸の大椽百連より討手の者、目にかゝつてはお為にならず早や/\と倶にさゝやき撞鐘の、小蔭へ忍ばす間もなく、百連が手の者共我先にと馳来り
『確かに見付し松若丸、又一人は寿姫、注進あつて聞しより、搦めとらんと来りしが影も形も見えざるは、逃げ隠れたに極まつたり、有様に白状なせ何と/\
『と犇けば、側へかはして左あらぬ体
『ヲゝ気踈と、私は今此処へ参りましたもの、そのやうなお方は存じませぬわいな
『それでも今のしらせは此釣鐘、ちよつと様子をあらためん
『と立かゝるを、おしづははつと押隔て
『是は又疑ひ深い何ぢやぞいな
『イヤ見せともながるが尚怪しい
『それでもここにぢやないわいな
『夫が定なら誓言を立て見せろ
『何とへ
『神や仏を誓ひにかけ
『偽ならぬ
『誓言を
『見ようは
『サアそれは
『敬まつて払ひ清め奉る、かみは梵天誓文どうしてこゝに御座んしよ明王
『なんぼうすんかりきしや明王、愛嬌に大威徳ぽつとりこんりんやな女房、大日大事の神かけて、なまくさばんだばざらにも、言葉はすはに誓ひける
『ムヽはヽヽ間合の空誓文
『どうでも様子が
『有明の
『撞鐘こそ
『すは/\動くぞ祈れたゞ、それ者共と下知の下、イデ承はると大勢が、走りかゝつて撞鐘を、程なく梢に引上れば、二人にあらで化したる姿
『そもまづ汝は
『何奴だやい
『凡そ輪廻は小車の、六しゆ四しやうを出やらず
『人間不定芭蕉葉の、萎れはかなき身の果を、とふ人さへも情なや、修羅の巷に迷ふらん、おしづは以前の尊像を、成仏あれやとさしつくれば、
『謹請東方せうりう清浄、謹請西方白体白龍、一大三千大千世界の恒沙の竜王、哀愍納受哀愍自謹のみきんなれば、何処に大蛇のあるべきぞと、祈り祈られ又立むかふ其の勢、なほも恨みは尽せじと、小蔭に忍ぶ両人へ、飛かゝらんとする所へ、松浦五郎則光は、それと見るより馳来り
『ハテ怪しや今松浦五郎が来て見れば、天地に渦巻く黒雲雷電、心得ずとよく見れば、稀有なる女の立姿、たとへいかなる悪霊なりとも此則光が降魔の利剣、立去れエヽ
『とさしも鋭い勇士の太刀風、おしづは始終一心不乱
『観音薩陀の妙智力に、怨霊忽ち遠ざかり、波間へとんで入にける、かの怨霊の旧跡も日高にあらぬ隅田川、鐘が淵とぞ今の世に、伝へて其名を残しける
*その他の情報 [#sb5e20f7]
寛政10年(1798)9月
安永4年(1775)1月『色模様青柳曽我』二番目『垣衣恋写絵』(しのぶぐさこいのうつしえ)が原型
初世河竹新七作詞 初世岸沢式佐作曲
*関連項目 [#qa734b6d]
*タグ [#zf27a1fa]
*分類番号 [#gd65c38d]
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RIGHT:常磐津 双面 歌詞