#author("2016-10-21T11:21:45+09:00","default:Tomoyuki Arase","Tomoyuki Arase")
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*題名 [#i72ad837]
白糸(しらいと)
*本名題 [#x77722ac]
重褄閨の小夜衣(かさねづまねやのさよぎぬ)
*詞章 [#b956d296]
**声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第3編 清元集(明治42年) [#c8f3a4ef]
(資料の題名『重褄閨の小夜衣』)
(資料目次に括弧書きで「白糸主水」とある)

『白糸の昔なつかしなまなかに〔合〕染て辛苦の八重結、互にもつれ今更に、解く甲斐もなき物思ひアヽ何とせう
『今お前を呼に行うと思つて居たわいなア
『さうして下さんせ、今宵のような辛いことは御座んせぬわいなア
『在郷の衆は温順いもので御座んすに、あれは腹立上戸と言ふのでありますわいなア
『モシエ主に言ひたいことが御座んす、私のやうな所へ初会に上らしつて、こんな始末をすると、嘸腹が立つで御座んせうが、長酒のな客人で、やう/\寐かして来ました、必ず悪く思つて下さんすな、ヤヽヽヽ初会に上つた侍客と思の外、あなたは/\確に主水さんの
『ハイ女房お安で御座んすわいなア
『思ひがけなき吃驚に、何といらへも奈良柴の、顔に火を焚く許りなり
『サヽヽ/\/\嘸吃驚したで御座んせう、あられもない此の様な姿をして、客と偽りあがつたは、夫の恥と二つには、定めし朋輩衆へ外聞にも成らうかと、彼方此方を思ひやり、わざ/\今宵参つたは、折入つてわしやお前に、お願があつて来ましたわいなア
『勿体ないそのお言葉、なんの御用か知らねども、お心一ぱい仰有つて下さりませ、モシ亀里さんお茶なと入れて下さんせいなア、モシエ言訳では御座んせぬが、一通り聞て下さんせ、吉原に居る頃は、まだ振袖の訳知ず
『しかも桜の初日の夜〔合〕派手な一座の其の中で、つい岡惚の浮気から〔合〕人の客衆に忍び合ひ〔合〕末はどうした主水さん、からんだ縁の橋本へ、住替に出るそれまでは、妻子あるとは露知らず〔合〕始めて聞て悲しさと〔合〕またいとしさが弥増して、深く鳴子の〔合〕野暮らしい〔合〕腕に二世と堀の内、苦界の中の〔合〕楽しみも〔合〕今は堰かれて逢ふ事も、偶玉川の流の此の身、堪忍してとばかりにて、跡は涙に声うるむ
『サア勤の内にも真実の心を尽して、主を呼で下さんすお前の心底、風の便に聞く度毎喜びこそすれ恨んだことは御座んせぬ、其の誠あるお前故打明けて頼みと言ふは、外の事でも御座んせぬが去歳の冬より病気といつて、勤をひいて一夜さも内へ寐ぬことお頭へ、誰言ふとなく響き主水が素性密々に、お調なさるとお仲間より私へ沙汰して呉れたのを、夫にいへど上の空押返して言ふにも、片時内へ帰らねば
『とり付く島も渚漕ぐ〔合〕たゞ宵ごとに此のうらへ、来ても客には表向き、あがれぬ身ぢやと聞いた故
『どうか首尾して金調へ、肩身を広うして上て
『真実心の姉妹と、互に心おく底も、話し合ふのが楽しみに、打明したる夫思ひ、武家には惜き粹ぞかし
『始めて聞たお前さんのお志、お情過た私へ罰が当りまするわいなア
『アヽ是はしたり、私へ一図に義理たてゝ、愛想づかしでもしやしやんすと、知つての主の気質故、ひよんな事でもあつた時は、男大事も水の泡、夫れよりは意見して、三度に一度はあがれぬやうにして下さんせ、必ずともに縁をきるのぢや御座んせぬぞへ
『何から何まで事を分ての御親切、何は兎もあれ夜も更けたればお寒からうが私の着替を
『アヽイエそれには及びませぬ、殊に人が疑ひ立う程に、私はやつぱり此の羽織を
『ドれ私がお着申しませうわいなア
『実と誠が行合の〔合〕梯子にあしも引過の〔合〕濡れに寄るてふ貸浴衣
『主水は独佇みて
『オヽいゝ心持だ、やう/\の思ひで湯へ這入つた、アヽ去年の冬から二階を堰かれ、蔵前はとまつたし、親類とてもいためて仕舞ひ、オヽそりやアさうと今夜お糸が所へ上つた客、頭巾を冠つて居て顔を見せねへが、色白なおれよりは若い好い男だと言つたが、宵から一遍もおれが所へ来ねへ塩梅と言ひ、此頃何だか奥歯に物のはさまつたやうな所置ぶり、なんにしろそつと座敷へ這入つて、どんな野郎か屏風越に一寸覗いて見やう、さうだ/\
『かん気の角文字ふり立てゝ、一間へ走り入る折から、亀里慌て抱きとめ
『是はしたり滅想な、座敷には初会の客人、主にも似合ぬ、どうしたのぢやぞへなア
『ナニどうもしやしねへが、オヽさうだ今風呂から上つて咽が乾くから、次の間の湯を一杯貰つて呑んだといつて、アノ女の損にもなるめへと思つて
『そんならお呼なさんしても
『オヽさうだ湯殿へ守を忘れて来たによつて、どれ一寸取つて来やう
『アヽお前が行つてはお部屋の内つま、私がお湯も汲んで来て上る程に、必ず彼処へ行つては悪いぞへ
『ムヽどうしてそんな野暮はしねへ、今のはほんの出来心だ
『ドレとつて来ませうかいなア
『とつかは立つて行く空の
『早更渡る風のつて、物思はする爪弾は、どこの間夫奴と忍び駒
『そりやこそな鑑定の通だ、薄暗へ所で二人でめそ/\泣て居やアがる、あの塩梅しきぢや此の頃の事ぢやアねへ、とうから色になつて居たと見へるわへ
『他所で解く帯とは知らでくけて居る〔合〕糸より細き縁ぢやもの〔合〕ツイ切れやすくふくろびて
『こんな事とは知らねへで、可哀さうにアノ女房の意見も馬の耳に風、しつこく言へば打叩き、お安堪忍してくれ/\、今日といふ今日思ひ当つた、エヽ口惜い是へ引出し、ずた/\にして呉れう、イヤ/\大小はなしチエヽどうして呉れう
『胸に据えかね隔の障子、砕くるばかりに押明て、白糸目がけ駆寄しが、侍客の思惑も流石に恥て手持なく
『白糸ぢやアねへお糸、よくも今まで誑しやアがつたなア、この返礼はきつとするから覚へて居ろ、モシ/\お客さん、お前さんにはお気の毒だが、この女郎にはすこし用が御座りますから、お借なすつて下されませ
『ヤアわれは
『アイ女房の安で御座んすわいなア〔合〕私が言へば悋気らしう思はんせうが、此の子を頼み意見して下されと、頼みに来たも家が大事又二つには娘のお徳、翌が日お前がお暇にならさんしたら、何をたつきに人らしう育てなさんすへ、弁のないモシ子心にも
『私の顔の痩るのを、見て他処ながら父様へ〔合〕真実真味の強意見、お糸も涙押拭ひ
『モシ私ばかりの子ぢやないぞへ、それにつけてもお糸殿の心底、かうした勤の身の上、驚き入つた心の操〔合〕
『さうした邪慳なお前でも、堰かれて後は身を狭う〔合〕人目忍ぶか味気なく、あるとあらゆる嘘言ふて〔合〕客に無心も誰故ぞ、みんなお前に入れあげて〔合〕朋輩衆の借小袖、破らるゝなら破つてと〔合〕部屋着と共に身を投げかけ、身もだへするこそ道理なり
『あゝあやまつた/\、お糸そなたの真実お安我身の心配今迄と違ひこれから心取直し、必度勤をする程に二人とも堪忍して呉れ/\/\
『モシ旦那さま、なんのまア何事もお前のお身が大事故、お糸殿といひ私まで言葉が過ましたわいなア
『男にあやまらせるが女子の手柄でも御座んせぬ、モウ此の後はお安さんとは実の姉妹
『主水も流石恥入つて
『オヽ案じやるな、場所も所もよく知つて居る、なんにも言はぬ、二人のもの
『そんなら是が長い別れに
『情涙をせきとめる、義理と情の汐境、今を名残と白糸が、胸に満ち来る濁り水、別れ/\て走り行く
**国書刊行会『徳川文芸類聚』 俗曲上 第九 「柏葉集」 [#b44e5c04]
(作者 狂言堂左交)

「しら糸の昔なつかしなま中に〔合〕染めてしんくの八重結び。互ひにもつれ今更に〔合〕とかくひもなき物思ひ。アヽなんとしよふ
〔新造詞〕「今お前を呼びに行ふと思つて居たわいナア
〔白糸〕「さつして下さんせ今宵の様なつらい事はござんせぬわいナア
〔新造〕「在郷の衆はおとなしい者でござんすに。あれは腹立上戸といふものでありますわいなア
〔白糸〕「モシエぬしに言ひたい事がござんす。わたしのよふな所へ初会に上らつしてこんな始末をするとさぞ腹が立つでござんしようがず。長酒のな客人でよふ/\寝かして来ました。必悪く思つて下さんすなヤヽヽヽヽヽ初会に上つた侍客と思ひの外あなたは。あなたはたしかに主水さんの
〔おやす〕「ハイ女房お安でござんすわいナア
「思ひがけなき恟りに。ナントいらへもなら柴の顔に火をたく計りなり
〔女房〕「サヽヽ/\/\嘸びつくりなさんしたでござんせう。あられもない此様な姿をして客と偽りあがつたは夫の恥と二つには定めし朋輩衆へ外聞にもならふかと。あなたこなたを思ひやりわざ/\今宵参つたは。折入つてわしやお前にお頼みがあつて来ましたわいナア。
〔白糸〕「もつたいない其お詞なんの御用か知らねども。お心いつぱいおつしやつて下さりませ。モシ亀里さんお茶なと入れて下さんせいなア。モシエ言訳ではござんせぬが一通り聞て下さんせ。吉原に居る頃はまだ振袖のわけ知らず
〔クドキ〕「しかも桜の初日の夜はでな一座の其中で。ついおかぼれのうはきから。人の客衆に忍び合ひ。末はどふした主水さん。からんだ縁の橋本へ住替に出るそれまでは。妻子あるとは露知らす。〔合〕はじめて聞て悲しさと〔合〕アヽまたいとしさがいやまして。深くなるこのやぼらしい。かいなに二世と堀の内。苦界の中のたのしみも。〔カン〕今はせかれてあふ事もたま玉川の流れの此身堪忍してと計りにて跡は泪に声うるむ
〔やす〕「サア勤の内にも真実の心をつくして主をよんで下さんすお前の心底。風の便りに聞く度毎悦びこそすれ恨んだ事はござんせぬ。其誠あるお前ゆゑ打明けて頼みといふは外の事でもござんせぬが。去年の冬より病気といつて勤を引て一夜さも内へ寝ぬ事お頭へ誰言ふとなく響き。主水が身性密々におしらべなさるとお仲間よりわたしへ沙汰してくれたのを。夫にいへどうはの空。おしかへして言ふに片時内へかへらねば
「とりつく島もなぎさこぐ。〔合〕たゞ宵毎に此うらへ来ても客にはおもてむきあがれぬ身じやと聞た故
〔女房〕「どふか首尾して金とゝのへ肩身をひろふして上て
「真実しんの姉妹と互に心おく底もはなし逢ふのがたのしみに。うちおかしたる夫思ひ。
「武家にはおしき粋ぞかし
〔白糸〕「始て聞たお前さんのお心ざしお情すぎた。わたしへ罰があたりますわいナア
〔女房〕「アヽ是はしたり。わたしへいちづに義理立てあいそづかしでもしやしやんすト知つてのぬしの気質ゆへ。ひよんな事でもあつた時は男大事も水の泡。夫よりは意見して三度に一度はあがれぬよふにして下さんせ。必ずともに縁を切るのじやござんせぬぞへ
〔白糸〕「何から何迄事をわけての御親切はともあれ夜も更けたればお寒かろふわたしの着替を
〔女房〕「アヽイエそれには及びませぬ。殊に人が疑ひ立ふ程にわたしはやつぱり此羽織を
〔白糸〕「ドレわたしがお着せ申しませうわいナア
「実と誠が行合ひのはしごに足もひけ過の。〔合〕ぬれに寄るてふかしゆかた
「主水はひとりたゝずみて
〔主水〕「ヲヽいゝ心持だ。よふ/\の思ひで湯へ這入つた。アヽ去年の冬から二階をせかれ蔵前はとまつたし親類とてもいためて仕まひ。ヲヽそりやアそふと今夜お糸が所へ上つた客頭巾をかぶつて居て顔を見せねへが色白なおれより若いいゝ男だといつたが宵から一遍もおれが所へこねへあんばいといゝ此頃なんだか奥歯に物のはさまつたよふなしよちぶり。なんにしろそつと座敷へ這入つてどんな野郎か屏風ごしに鳥渡のぞいて見よふそふだ/\
「かん気の角文字ふり立て一間へ走り入る折から亀里あはていだきとめ
〔亀里〕「これはしたりめつそふな。座敷には初会の客人ぬしにも似やはぬ。どふさゝんしたのじやぞヘナア。
〔主水〕「ナニどふもしやしねへが。ヲヽそふだ今風呂から上つて咽がかはくから次の間の湯を一杯貰つて呑んだといつて。アノ女の損にもなるめへと思つて
〔亀〕「そんならおよびなさんしても
〔主水〕「ヲヽそふだ湯殿へ守を忘れて采たによつて。どれ一寸とつてこよふ
〔新造〕「アヽお前がいつてはお部屋の内つま。わたしがお湯も汲んで来て上る程に必ずあそこへいつてはならぬぞへ
〔主水〕「ムヽどふしてそんな野暮ぱしねへ今のはほんの出来心だ
〔亀〕「ドレとつて来ましようかいナア
「とつかに立つてゆくそらの
「早や更けわたる風のつて物思はする爪弾はどこの間夫めとしのびごま
〔主水〕「そりやこそな。かんていの通りだ。うすくれい所で二人でめそ/\泣いてゐやアがる。あのあんばいじや此頃の事じやあねへとふからいろに成つていたと見えるわへ
「よそでとく祭とは知らでくけている〔合〕糸よりほそき縁じやもの〔合〕ツイきれ安くふくろびて
〔主水〕「こんな事とはしらねへでかはいそふにアノ女房の意見も馬の耳に風。しつこくいへば打叩き。お安堪忍してくれ/\。けふといふ今日思ひ当つた。エヽ口惜しい是へ引出しづたづたにしてくれ。それ。イヤ/\大小はなしチエヽとふしてくりやうか
「胸にすへかね隔ての障子くだくる計りにおし明けて白糸目がけかけよりしが。侍客のおもはくもさすがに恥ぢて手持なく
〔主水〕「白糸じやねへお糸。よくも今迄だましやアがつたなア。この返礼は屹度するからおぼへていろ。モシ/\お客さんお前さんにはお気の毒だが此女郎には少し用がござりますからお貸しなすつて下されませ
〔主水〕「ヤアわれは
〔女房〕「アイ女房のやすでござんすわいナア
〔主水〕「エエヽヽ/\/\
〔女房〕「モシ主水どのへお前さんはナア〔合方〕わたしがいへば悋気らしう思はんしようが。此子を頼み意見して下されと頼みに来たも家が大事又二つには娘のお徳あすが日お前がお暇にならさんしたら何をたづきに人らしうそだてなさんす。エ弁へのない。モシ子心にも
「わたしの顔がやせるのを見てよそながらとゝさまへ。〔合〕しんじつしんみのこはいけん。お糸も泪おし拭ひ
「モシわたし計りの子じやないぞヘ。夫につけてもお糸どのゝ心底こふした勤の身の上おどろき入つた心の操
「そふした邪慳なお前でもせかれて後は身をせまふ〔合〕人日忍ぶが味気なくあるとあらゆるうそいふて〔合〕客に無心もたれゆへぞ。みんなお前にいれあげて。朋輩衆のかり小袖破らるゝなら破つてと。部屋着と共に身を投げかけ身もだへするこそ道理なり
〔主水〕「アヽあやまつた/\お糸そなたのしんじつお安我身の心配今迄と違ひ是から心取直し屹度勤をする程に二人とも堪忍してくれくれ/\心なほきは折安く真実見えてたのもしく
〔女房〕「モシ旦那さまなんのマア。何事もお前のお身が大切ゆゑお糸どのといひわたしまで詞が過ぎましたわいなア。
〔白糸〕「男にあやまらせるが女子の手柄でもござんせぬ。モウ此後はお安さんとは実の姉妹
「主水もさすが恥入つて
〔主水〕「ヲヽあんじやるな場所も所もよく知つてゐる。何にもいはぬ二人のもの
〔白糸〕「そんなら是が長の別れに
「口惜泪せきとめる義理と情の汐ざかへいまを夕残と白糸が胸に満ちくる濁り水別れ/\て走り行く。
*その他の情報 [#he87185a]
嘉永5年(1852)3月
*関連項目 [#a1634430]
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00-1331211-s2r1a2t5-0001
RIGHT:清元 白糸 歌詞