#author("2016-10-20T15:59:27+09:00","default:Tomoyuki Arase","Tomoyuki Arase")
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*題名 [#kf1cca23]
矢の根(やのね)
*本名題 [#i3bac86f]
矢の根五郎(やのねごろう)
*詞章 [#q51b1ae5]
**声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第2編 長唄集(明治42年) [#mc8f2de7]
(資料の題名『矢の根五郎』) 

〔本調子〕『去る程に曽我の五郎時宗は、恵方に向つてふとのつと、夫れ父の仇には倶に天櫃和合楽、寿福円満巻の、軍書の窓の北面は、残んの雪の浅緑、春風春水一枝の梅、豁と開くや花の春、新し庵の物毎に、改まれども時致は、今年も古庵古畳、古井と言ひし処にて矢の根磨いて居たりける
『伝へ聞く養由が、矢先は遠き高麗唐土
『近く和朝を尋ぬれば、鎮西八郎為朝、源三位頼政が、古今無双の弓勢にも、優りはするとも劣らじと
『天性ヤア不適の気丈者
『虎と見て石に田作柿膾、矢立の酢牛蒡煮凝り大根、一寸の鮒に昆布の魂、譬はゞ祐経節汁の、鯨の威勢振ふとも、我鯱鉾の飾海老、赤いは親父の譲の面、つら/\世上を鑵子の蓋、ちろり澗鍋文福茶釜、毛抜鋏の折までも、古金買に遣羽子の、一夜明けても旧冬の鎖帷衣小手脛当、すねから干鯛も乾貝も、取るに取られぬ酒屋の通ひ、〆て十七貫八百六十四文、横に寐の日の初寅も、食合の無い福の神、どうで貧乏するからは、自問自答の悪体を、申して申さく
『先ず大黒は慮外者
『とはどうぢや
『はて不断頭巾を脱がぬはさ
『恵比寿は身持がうそぎたない
『とはどうぢや
『はて鯛をお抱の脇の下
『江戸前にてもあらばこそ
『精進日にはつきあはれぬ
『毘沙門天の兜頭巾は、用心すぎてうつとしい
『布袋はどぶつ、福禄寿は
『月代剃るに手間がいる
『弁財天は船饅頭、浪のり船の銭儲
『儲けられうがられまいが苦労にするは国土のたはけ
『富貴天に在り、死生命あり
『何れ祈るに所なし
『実に顔回が陋巷に
『一箪の食一瓢の飲
『粗食を喰い水を呑み
『肱を曲げて枕とす
『楽しみしんぞ其の内に
『有るにまかする安煙草、煙管おつとり吸付て、鼻の先なる春霞、打ち眺めつゝ時致は、寛々として居たりける
『時に年始の門礼者、素礼年玉狭箱、三味線筥の一ツ調子、声張り上げて物もう
『どうれ
『大薩摩主膳太夫年始のお礼申ます
『是は/\早々との御出、殊に年玉として末広並びに宝船、裃とつてイザ奥へ、祝ひませう/\
『いやさう致いては居りますまい、方々で御座れば尚永日の時を期し、ゆるりと御意を得ませうぞ
『でも一寸盃を
『いゝや御免/\春永にと、言捨てこそ立帰る
『大薩摩主膳太夫なればこそ、時宗の処へ祝ふてくれるハテ奇特な男ぢやなア
『其の時五郎年玉を、開くや扇宝船、ハテ気の付たる年玉と正月心若輩に、上から読んでも長き夜の、下から読んでも長き夜の、とをの眠のとろ/\と、したゝ過ぎたる雑煮腹食後の一睡一楽と、砥石を拭ひ無雜作に、是れ邯鄲の枕ぞと、踏ん反りかへつて時致は、暫しまどろむ高鼾、豊かにこそは臥しにけれ
『あゝら不思議やうたゝ寐の、傍すごき風の脚、ぢつちを踏まぬ朧影現ともなく夢ともなく、いと色蒼ざめたる顔色にて、舎兄十郎祐成忽然と現はて出で
『如何に時宗我計らずも今日祐経が館へ虜となり、籠中の鳥、網裏の魚、働かんに力なし、急ぎ来つて急難を救ひくれよ、起きよ五郎、覚めよ時宗
『といふかと思へば忽に消えて形はうせにけり
『時宗夢さめむつくと起き、四辺を見れども人もなく、茫然として居たりける
『さては夢中に兄祐成、念力通じて救難を、救ひくれよとの我への告げ、たとはゞ祐経天へ登らば続いて登り、大地へ入らば同じく分け入り、日本六十余州は目のあたり、東は奥州外が浜
『西は鎮西鬼界が島
『南は紀の路熊の浦
『北は越後の荒海まで
『人間の通はぬ処
『千里も行け
『万里も飛べ
『いで追掛んと時宗が勢ひすゝむ有様は、恐しかりける次第なり
『かゝる処へ向より、馬附大根春商、大根/\と呼び来る、時宗これをきつと見てこれ幸の裸背馬、値は望にまかすべし
『馬を貸せ/\
『其の馬貸せよと近寄れば
『馬子も気折つて狼藉なり
『商馬に乗んずとは、びやくらいならぬならないぞ
『といふ所を引つかんで七八間、エイヤと人礫、手綱おつとりひらりと打乗り、手頃の大根千里の鞭
『すぐに行けば五十丁
『廻らば三里三ヶの庄、宇佐美久津美河津が次男
『曽我の五郎時宗が曲馬の程を、これを見よ
『と工藤が館へ急ぎしは、ゆゝしかりける次第なり
*その他の情報 [#j64a321e]
明治15年(1882)11月 三世杵屋正次郎増補
享保5年(1720)1月『楪根元曽我』(ゆずりはこんげんそが)が初演
初演時は大薩摩
*関連項目 [#z040a959]
*タグ [#i603dfe9]
#曽我物
*分類番号 [#af52c333]
00-2310000-y1n5n400-0001
RIGHT:長唄 矢の根 歌詞