#author("2016-10-21T11:23:28+09:00","default:Tomoyuki Arase","Tomoyuki Arase")
#contents
*題名 [#kf93b500]
茶筅売(ちゃせんうり)
*本名題 [#yc1954b2]
詠梅松清元(さきそむるれんりのきよもと)
*詞章 [#qe63f97b]
**声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第3編 清元集(明治42年) [#oa393d1a]
(資料の題名『詠梅松清元』) 

(松井由輔述)

『ひとり思を枕に語り〔合〕せめて頼みの夢さへも、麻の衣に置く霜の、彼の唐土の劉君が、愛せし名をも黒牡丹〔合〕黒木おろして帰り道、ほうしやに乗せて茶筌売、其の曳く綱も糸に寄る、仏の御手も他生にて、縁は田舎の畦伝ひ、釈迦の涅槃も目を覚ます、水の出ばなの茶の花香〔合〕廿の人の喜撰まで、しやが父に似た時鳥、待つ身になれば暁までも、廻り/\て長嘯が墓も古其の古き、瓢箪見せよ鉢叩
『エエなんぢやいな置かしやんせ、今は其の身でありながら、たしなましやんせ坊さんと、恋にはひぞる二つ文字、重ね扇に三つ重ね〔合〕衣紋にそよと木枯や、関の此方に音信て
『爰は名に負ふ逢坂山、新たに建てし此のお関所、女子は行くことならぬ故、是からお前は歩路ひろふて下さんせ
『成程愚僧は雲水の身の上、是より東へ赴けば、又縁あらば逢うひませう
『そんならお前は
『不思議な縁の道連も、仏も元は凡夫なり
〔三下り〕『そも我は色に強ねたる世捨人、月のみ独昔顔〔合〕これも涙の種匏、酒はなけれど瓢箪を、見るにつけても凡夫心
『思ふ絆に結んでは、御師の涅槃の長枕、これが別れの辻占と
『行かんとするを押隔て
『コレ別るゝとは気にかゝる、七夕さんの雨の夜は、身につまされておいとしう御座る、恋といふ字に移り香乗て〔合〕牛の背にまでうきやつれ
『逢ふ夜短し逢はぬ夜は長し、来ぬ夜困じて苧田巻を、手繰来る/\車の轍、中よい同士とうたはるゝ、夫れが私の願ひぞや
『コリヤア小原殿は芸子おやまに仕込まれたか、とてもの事に梅幸がこしらへた流行唄、今專芸子が弾くさうだが、何とそれを聞しては呉れぬか
『その唄のことなら、たしか斯うであつたわいなア
『そなた思へば照る日も曇る、鑿や才槌鉋まで、そなたの顔に見ゆるとは、どうした因果な事ぢやいなア〔合〕
『それさにうつ惚れ申して、夜も昼も物が手にやつかぬ、野良で見初て背戸口で、口説くに夫れ程憎いのか、さりとはつれない男づら、エヽ面憎や
『コリヤ面白い今の振事、これからわしが相手になつて、関東座頭の話やら
『私は又陸奥瞽女の其の素振
『さらば是より話さうか
『自体我等は関東べいの座頭、瞽女は奥州金華山のほとり
『ひとり行くとは胴欲な、見られぬ箕尾の弁天へ、こもる地びたのつちのとの、己待の晩の嬉しさを、忘れてかいなと胸倉を〔合〕見えねば背筋と取ちがへ、言いたい事も痰の灸、七九の竹の心なら、割つて見せとも見えぬ故、恋でなうてもいつも闇、つい抱付も背中同士、灸をすりむく斗りなり
『隣藪からによき/\出たは、今年の筍のこの/\真竹、オヽ樋竹に見て置いた、ヤレ見て置いた、コレこちの樋竹に、ヤレ見て置いた、しよんがいなア〔合〕踊ろと儘よはねきろと儘よ、いとし殿御とこちや寝たが〔合〕よいわいなア
〔二上り〕『竹の丸木橋やあぶないけんども君となら渡ろへ、まだ/\/\/\まだかいな、おしやらく娘がじよなめいて、惚れたが無理ならしよことがねへ〔合〕
『松の葉越に一筆啓上、候べく候書いたる文はへ、きた/\/\/\きたはいな、道楽息子があぢよなさる、内のおやぢもしよことがねへ、しどもなや
『斯る所へ関原が内侍を捕へ走出て
『新院の胤を宿せし白岑の内侍、今此の処にて首ぶちはなす、覚悟なせ
『刀振上げ立向ひ、既にかうよと見る所に、五体すくんでたぢ/\/\、ためらふ隙に何処より怪しの忍びあらはれ出で、さゝゆる関原はね退け突退け、何か様子は白岑の、内侍を小脇にひん抱へ、逸足出して駆り行く
『不思議や爰に今迄も、あり/\見えし二人が姿、忽ち愛樹の松と梅
『扨こそ二人が此の有様、そもまづうぬは何奴だエヽ
『のふ我々が身の上こそ、そも人間の業受けて、見えし姿が二人の者、崇徳新院の御愛樹にて、旧梅古松の精魂なり
『さてこそなア
『奢る平家の其の為に、新院は讃岐へ遠流
『今は世捨の二木ながら、御懐胎の内侍さま、しん身に付添ひ守るなり
『邪慳の相国清盛が、院の御胤を失なはんずる〔合〕報の程を思ひ知れと、有合ふ枝を可責の笞、打てかゝりし業通自在、凡人ならぬ精霊の、ひらり/\と飛交ふ姿、北山風吹送る八百八町御贔屓町、木毎に花の顔見世は、深き恵ぞありがたき
**国書刊行会『徳川文芸類聚』 俗曲上 第九 「柏葉集」 [#e5e77cf0]
(目次・本文の題名『詠梅松清元(茶せん売)』)

「ひとり思ひを枕にかたりせめて頼みの夢さへも麻の衣に置く霜の〔地〕彼唐土の劉君が愛せし名をも黒牡丹〔合〕くろ木おろして帰り道。ほうしやに乗せて茶筅売。其ひく網も糸に寄る。仏の御手も他生にて縁は田舎の畦づたひ
〔菊五郎/三十郎出〕「釈迦のねはんも目を覚す。水の出ばなの茶の花香〔合〕はたちの人の喜撰までしやが父に似た時鳥待身になれば暁までも廻り/\て長嘯が墓もいにしへ其古き。瓢箪見せよ。鉢たゝき
「エヽなんじやいな置かしやんせ今は其身でありながらたしなましやんせ坊さんと恋にはひぞるふたつ文字重ね扇に。三つ重〔合〕衣紋にそよと凩や関のこなたに音づれて
〔菊〕「こゝは名におふ逢坂山あらたにたてし此お関所女子は行く事ならぬ故これからお前は歩路ひらふて下さんせ
〔三十〕「なる程愚僧は雲水の身の上是より東へおもむけば又縁あらば逢ひませふ
〔菊〕「そんならお前は
〔三十〕「不思議な縁の道づれも仏ももとは凡夫なり
〔三下り〕「そも我は色にすねたる世捨人月のみひとち昔顔〔合〕これも涙の種ふくべ酒はなけれど瓢箪を見るにつけても凡夫心
〔ナヲル〕「思ふきづなに結んでは御師のねはんの長枕ごれがわかれの辻占と
「行かんとするを押隔て
〔クドキ〕「コレ別るゝとは気にかゝる七夕さんの雨の夜は身につまされておいとしうござる恋といふ字にうつり香乗せて〔合〕牛の背にまでうきやつれ
〔カン〕「逢ふ夜みぢかし逢ぬ夜長し来ぬ夜こうじておだまきを手ぐりくる/\車の輪立中よい同士とうたはるゝ夫がわたしが願ひぞや
〔三十〕「コリヤア小原どのは芸子おやまに仕込まれたかとてもの事に梅幸がこしらへたはやり唄今専ら芸子が弾くそふだがなんとそれを聞かしてはくれぬか
〔菊〕「その唄の事ならたしかこふであつたはいなア
「そなた思へば照る日もくもるのみやさいづちかんなまでそなたの顔に見ゆるとはどふした因果な事じやいなア〔合〕
「それさにうつぽれ申して夜も昼もものが手にやつかぬのらで見初めて背戸口で口説にそれほどにくいのかさりとはつれない男づらエヽつらにくや
〔三十〕「コリヤ面白い今の振事これからわしが相手になつて関東座頭のはなしやら
〔菊〕「わたしは又みちのくごぜの其そぶり
〔両人〕「さらば是より咄さふか
「じたい吾等は関東べいの座頭ごぜは奥州金花山のほとり
「ひとり行くとはどうよくな見られぬ箕尾の弁天へこもる地びたのつちのとの巳待の晩の嬉しさを忘れてかいなと胸ぐらを見へねば背筋と取ちがへ言ひたい事も痰の灸七九の竹の心なら割つて見せとも見へぬゆゑ恋でなふてもいつも闇つい抱付も背中同士灸をすりむく計なり
「となり薮からによき/\出たは去年の竹の子のこのこの真竹ヲヽとゆ竹に見て置たヤレ見て置いたコレこちのとゆ竹にヤレ見て置いたしよんがいなア〔合〕おどろと侭よはねきろと侭よいとし殿御とこちやねたが〔合〕よいはいなア
〔二上り〕「竹の丸木橋しやあぷないけんども君となら渡ろへまだ/\/\/\まだかいなおしやらく娘がじよなめいて惚れたが無理ならしよ事がねへ
「松の葉ごしに一筆啓上候べく候書いたる文はへきた/\/\/\来たはいなどうらく息子があぢよなさる内の親父もしよ事がねへしどもなやかかる所へ関原が内侍をとらへ走り出で
〔友蔵〕「新院のたねをやどぜし白岑の内待今此所にて首ぶち放す覚悟なせ
「刀振上げ立向ひ既にこふよと見る所に五体すくんでたぢ/\/\ためらふひまに何処よりあやしの忍びあらはれ出で支ゆる関原はね退けつき退け何と様子は白岑の内侍を小脇にひんだかへ逸足出してかけり行く
「不思議や爰に今迄もあり/\見えし二人の姿忽ち愛樹の松と梅
〔友〕「扨こそ二人が此有様そもまづうぬは何やつだエヽ
「のふ我々が身の上こそそも人間の業うけて見えし姿の二人の者崇徳新院の御愛樹にて旧梅古松の精魂なり
〔友〕「さてこそなア
〔三十〕「おごる平家の其ために新院は讃岐へ遠流
〔菊〕「今は世捨の二木ながら御懐胎の内侍様しん身に附添ひ守るなり
「邪見の相国清盛が院の御たねを失はんずる〔合〕報ひの程を思ひ知れとあり合ふ枝を苛責のしもと打てかゝりし業通自在凡人ならぬ精霊のひらり/\ととびかふ姿北山嵐吹送る
「八百八町御ひゐき町木毎に花の顔見世とふかきめぐみぞありがたき。
*その他の情報 [#n8b1b42a]
文政3年(1820)11月 松井由輔作詞 初世清元斎兵衛作曲
『伊勢平氏額英幣』(いせへいしうめのみてぐら)四建目
*関連項目 [#b81e2013]
*タグ [#m540218f]
*分類番号 [#z63eb2ac]
00-1331211-t2y1s4n0-0001
RIGHT:清元 茶筅売 歌詞