#author("2016-10-21T11:36:27+09:00","default:Tomoyuki Arase","Tomoyuki Arase") #contents *題名 [#v08a816a] 関の扉(下)(せきのと(げ)) *本名題 [#c602f59f] 積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと) *詞章 [#x3d6de0a] **声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第4編 常磐津集(明治42年) [#eddc5226] (資料の題名『積恋雪関扉』) (劇神仙述) 『今宵も既に降頻る、雪の翼の羽風をも、音静やかに更てゆく、まさに先帝御なきあとを、とひ奉る後夜の読経、尚も回向を忘れもやらす、誦するも弟安貞と、心許りの手向草 『宗貞袖を取出し、アヽ去ながら血汐にそみし此片袖、身に添持てば先帝への恐れあり、如何はせんと四辺を見廻し、ヲヽ夫よ/\と件の片袖、琴の下樋へ押隠す、其間に奥の一間より、一杯機嫌で関守は、調子盃盞携へて、足もひよろ/\歩みいで、エイ世の中に酒程楽しみはないわいの、ヤアお前はまだ寐ないか、エイヤ何故寐なさらぬよ、シテ此花嫁御は何処へいつた、ハヽア彼奴床急ぎだな、エヽ急ぐやつさ、コレお前もいつて寐なよ、寐ぬは損だ、ばさらんだ、あれはさのゑい、これはさのゑいやと恋の淵、若もはまる気で四つ紅葉 『成程わしは往つて寐ようが、そなたはきつい酔ようぢや、アヽ危険い/\、と言様入れる懐中の、手先を押へて 『アヽコリヤ何をするへ、俺が懐中へ手を入れて、ドどうするのだ 『サア是は 『イヤどうするのだよ、エヽ聞こた/\、紙がないと言事か、神も末社も打連て、目出た/\の若松様よ、枝も栄へて葉も茂る、お目出たや千代の子お目出たや、千秋万歳万歳/\/\/\万々歳、ハアヽヽいざさせ給へと押やられ 『始終を胸に宗貞は心残して奥へ入る 『あとは手酌の一人酒、アア嘸今頃は茂れ松山、エイアゑい気味だぞ、コリヤ命を掻?るはへ、どれもう一杯、酒にうつらふ星の影 『此盃中にちん星の、閃めく影は寅の一天、今月今宵三百年にあまる、此桜を伐つて護摩木となし、班足太子の塚の神を祭るときは、大願成就心の儘、此斧をもつて立所にどれ 『彼処の石に斧の刃を、押当/\磨ぎ立る(合)音はそうそうとう/\と、闇を照せる金色は、玉ちる許り物凄き 『此斧の刃を試むるは、幸ひなる此琴と、突立あがつて斧振あげ、二つに伐ればコハ如何に、内より出る血汐の片袖、手に取上ぐれば懐中に、深く秘置く勘合の印授は、おのれと飛去つて鳴動するぞ不思議なる、ハテ心得ぬ、此片袖を手に取ば、我懐中の勘合の印、桜の梢に飛去しは、愈々怪しき此桜木、何にもせよと立かゝり、伐んとすれば目もくらみ、覚えずあとへたぢ/\/\、暫し心も消え/゛\と、斧にすがりて茫然たり 『幻影か深雪に積る桜影、実に旦には雲となり、夕べには雨となる、巫山の昔往目のあたり墨染が立姿 『仇し仇なる名にこそたてれ、花の莟のいとけなき、禿立ちから郭の里へ、根ごして植て春毎に、盛の色を山風が、来ては寐よとのかねことも、とまり定めぬ泡沫の、水に散りしく流れの身 『関守は心付き、ヤア何処とも見馴ぬ女、この山影の関扉へ、何時の間に、何処から来たのだ 『アイ私やアノ、撞木町から来やんした、 『ムヽ何しに来た 『逢たさに 『ソリヤ誰に 『こなさんに 『何俺に、そりや何故 『色になつて下さんせ 『エ何がどうしたと 『サア恥かしい事ながら、私しや見ぬ恋にあこがれて、雪をも厭はず遥々と、爰迄来たほどに、何卒色よい返事をして下さんせ 『コリヤ有難いと言たいが、どうも合点がいかぬはへ 『お前もマア疑ひ深い、其処が歌にもいへる、桜さく桜の山の桜花 『咲く桜あり、散る桜あり 『思ひ/\の人心ぢやはいなア 『さう聞ば有さうな事、何にもせい今日の下に二人とない、容貌なら風俗なら、路考いはれぬ撞木町の太夫職が色で逢うとは、コリヤ大きに仕合が直つて来たはへ、そんなら愈々これからは 『いつまでも可愛がつて、秀鶴の千代八千代、諸白髪まで添遂て下さんせ 『夫は近頃忝謝ない、ときに太夫さん、お前のお名はへ 『墨染と言やんす 『何墨染、あの桜の名も原は墨染 『エヽ 『ハテゑいお名で御座りますの、夫は兎もあれついに俺は、女郎買をした事がないが、曲輪の駆引 『馴染のしこなし間夫狂、実と 『嘘との 『手管の諸訳 『裏茶屋這入りの魂胆まで 『そんなら爰で話そかへ 『行も帰るも忍ぶの乱れ、限り知れぬ我思ひ 『月夜も闇夜も此の郭、忍び頭巾の格子先 『行つ戻りつ立尽す 『向ふへ照す提灯の、紋は菊蝶丁度よい、首尾と思へど遣手が見るめ 『待たぞや 『ヲヽよう来なんした逢たかつたも目で知せ、暖簾くぐりて入るあとを 『残り多げに差覗き、ア扨待たせるぞ/\と、一人呟く程もなく 『籬の内より小手招き、ふわと著せたる襠に 『裾に隠れて長廊下、毒蛇の口を遁れし心地、ほつと一息つく鐘も、引四つ過て床の上 『ヤまだ此暖まりのさめぬのは、先刻に帰つた客でもよもやあるまい、コリヤ外に出来たはへ、何処の何奴か知ねども、お年が若うてよい男で、お金も沢山御所持なされた色男様と、しつぽりお契りなされたで御座りませうの、エヽ腹の立つ 『ホヽヽヽコリヤ可笑い、覚へもない事言掛て、口舌の種にさんすのかへ 『憎らしいとふつヽり捻れば 『アイタ/\/\痛いはい、斯麼所に居やうより、帰りましよ/\ 『これいなア 『身は色々の形姿 『あしなかを、つま立てちよこ/\、ちよこ/\足を爪立て 『ハアこれはしたり、煙草入を忘れておいた、ア儘よ何とせう、アイヤイヤ/\うか/\として睫毛でもよまれては恐い事/\、どれとは思へどどうせうなア、イヤ/\/\思ひ切てどうでも帰らう 『これ 『往のうやれ、我古郷へ帰ろやれ 『立舞ふ内に落たる袖、これはと墨染取上て抱締つ身に添つ、床しき夫の筐やと、人目も恥ず泣ければ 『ヤアそなたは何を泣のぢや 『サアこれは、ヲヽそれ/\此片袖は他処の女中さんから書てよこさしやんした起請ぢやの 『イヤそりや片袖だ 『イエ/\起請で御座んせう 『オヽ成程起請ぢや、エヽお前はなア 『これこの様に始めから、起請誓紙を取替し、深いお方が有ながら、隠して置て又わしに、色で逢うとはようも/\誑さんしたか憎らしい 『そうとも知ず慕ひ来て、見れば果敢なや片袖の、血汐の文字は亡跡の、筐と思へばいとゞ尚、アレ懐かしい悲しいと、言葉に色は含めども、心の剣穂に現はれ、立寄る女を 『はつたと白眼つけ、最前より此片袖に、心をかくる怪しき女、様子を明せ何と/\ 『ヲヽ此片袖は夫の血汐、それのみならず最前我業通にて手に入し、勘合の印を所持なすからは様子があらう、本名あかせ何とぢや 『斯なる上は何をかつゝまん、我こそは中納言家持が嫡孫、天下を望む大伴の黒主とは俺が事だはや、 『扨こそ 『我に恨みをなさんとする、そも先汝は何者ぢや 『のう去し恨みのあればこそ、そも人間の業うけて、女子とは見すれども、小町桜の精魂なり 『我は非生の桜木も人界の生を受れば、七つの性も備はつて、五位之助安貞殿に、契りしことも情なや 『不慮の矢疵に玉の緒も、絶るばかりの折も折、御兄君の身に代り、敢なく此世を去給ふ、夫の筐の片袖に、ひかれ寄る身は陽炎ふ姿 『我本性の桜木を、邪慳の斧にかゝりしぞや、報ひの程は思ひ知れと、あり合桜を呵責の笞、はつたと白眼む有様を 『ヤア小癪と無二無三 『斧取直して打掛れど、凡人ならぬ精霊の、業通自在の身も軽く、ひらり/\/\/\飛かう姿は吹雪の桜、霞がくれや朧夜の、水の月影手にもとられず、見へみ見へずみ又現はれて、今ぞ則ち人界の、輪廻を離れ根にかへる、しるしを見よと言ふ声ばかり形は消て桜木に、春も斯やと帰り花、雪を踏つけ踏しだき、水に戻れば墨染の、小町桜と世に広き、普く筆に書残す *その他の情報 [#ue25c8a1] 天明4年(1784)11月13日初演 初世劇神仙作詞 初世鳥羽屋里長作曲 『重重人重小町桜』(じゅうにひとえこまちざくら)二番目大切 *関連項目 [#y4e22620] [[関の扉(上)]] *タグ [#lee7ba58] *分類番号 [#ea4722da] 00-1331200-s4k2n5t5-0002 RIGHT:常磐津 関の扉(下) 歌詞