題名

山姥(やまんば)

本名題

薪荷雪間の市川(たきぎおうゆきまのいちかわ)

別題

新山姥,市川山姥(しんやまんば,いちかわやまんば)

詞章

声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第4編 常磐津集(明治42年)

(資料の題名『薪荷雪間の市川』)

『四面峨々たる足柄山、麓にかよふ椎が本、巌に染る蔦かづら、君命うけて壮夫が
『曲たる肱の高枕、実に一瓢の楽しみの、眠りを覚す山颪
『山高うして雲行客の跡を埋む、君命うけて此日頃、斯く山賤と態を変へ、深山幽谷嫌ひなく、往なり次第の気儘酒、眠た覚しにドリヤ一杯やるべいか
『酒量りなきなき盃杯に、注ばうつらふ星の影
『アヽラ怪しやナア、客星爰にたんたくなし、我が盃中に影さすは、さては一定人傑の、此山中に有といふ、天の知せか何にもせよ奇異なる事を見る物ぢやナア、ハヽアこれでよめた、心当りは山住の、女がつれるいつもの子蔵、ドリヤ一服喫で待べいか
『錦の袂引き変て、木の葉衣を露霜に、染てあけろの山姥と、人や岩間の苔清水、心細道たど/\と、杖に力に歩みくる
『ヲヽ阿母今日はまだ逢ませぬの
『ヲヽ山賤のよき蔵殿また焚火の御馳走しませうわいのう
『夫は恭謝ねへ、ときに子蔵はどうしましたな
『さればいの、あとの麓まで連立つて来ましたが、大方猪猿を相手に、相撲がなとつて居ませうわいな
『それは危ない早く爰へ呼ばつせへ/\
『ほんにマアおとましい事ではあるぞいのう
『アヽおとましとかこち言、夫と見付て
『あれ/\御覧じませ、あのやうき大きな石を持あそんで、怪我でもしたらどうせうと思やるぞ、道草も程がある、コリヤ快童丸/\ヤイ
『ヲヽオ
『神楽月とて片山里を、笛や太鼓で面白や、足の冷たいに草履買てたもれ、子をとろ/\、どの子が目つきあとの子が目つき、籠め/\籠の中の鳥はいつ/\出やる、夜明のばんに、つるつる/\つヽはいた、木の根笹原くゞりくゞつて、ひよいと出た稚子
『コレ/\怪童早うおぢやいのふ
『アイ
『母を慕ふて山道を、尋ね木咲の梅の花よき
『かゝおら斯麼花折て来たよ
『花うちせうと振たてて悪戯盛りの愛らしき
『ヤレ子蔵よく帰つて来たな
『ヲヽよふ戻つておぢやつたのう、サア/\いつもの通り、小父様へお辞儀ぢやお辞儀ぢや
『ヲヽお辞儀がよく出来ましたかな
『かゝ様何ぞ下されや
『温順う遊んでおぢやつた其褒美に、此間からあつかの衣織て著うと思ふてな、山路廻らぬ其閑に、五百機立る窓の内、枝の黄鳥糸繰綿繰織て著たる母の奔走子、里へ下れば里の土産はでん/\太鼓にふり鼓、うつや空蝉のから衣、千声万声の砧に合す鼓の拍子
『面白や
『サア是からが馬事ぢや/\
『ドレ/\俺が好物を貸てやらう、此鉞刀を馬にして
『母が囃してやりませう
『月毛にあらぬ斧の駒、とるや手綱の凛々しげに
『先のけ/\先のけろ
『お月様いくつ
『十三七つ
『お供はいくつ
『八十八つ
『ほんにそりや若いなア
『母の胎内蹴破つて
『産所も産湯も山なれば、取上お婆に事を欠き、産湯の替りに四方の赤、浴せられたかどつこもかも、真赤くなつて北嵯峨の、踊りのくどきは
『何と言た
『おらが在所はな、奥山のてゝうちのでんぐり/\、栗の木の根を枕に御座れ抱て転寐
『かゝ様乳呑う
『乳呑たいと足摺は頑是なき子の習ひかや
『コレハしたりどうしたもの、サア/\是からまたいつもの山廻りの話をして聞せませうぞや
『なに山廻りの話
『コイツは面白からうはへ
『何のいなア昔語りも恥かしいありし姿も何処へやら、むめうの瀧に髪洗ひ、若葉を見ては春を知り、妻恋ふ鹿の音を聞て、秋と思ふて深山路をあした/\の山廻り
『よしあし曳の山廻り
『四季の詠めもいろ/\に
『浮立空の弥生山、桃が笑へば桜がひぞる、柳は風の応様に
『誰を待やら小手招く
『霞の帯の辛気らし、締て手と手の盆踊
『七個の池に移気の、うらみ過しの梶の葉は、露の玉章落初て
『焦れて濡す袖の梅、つい誑されて室咲の
『梅の暦もいち早く
『門に松たちやナンナつひ雛も、出るかと思へば沓手鳥、菖蒲葺く間に盆の月、待宵過て菊の宴、はや祝月里神楽、ほんに/\忙しき浮世も我も、白雪積る山廻り/\
『ホヽウ此程より心を付て窺ふところ、扨は柔弱非力を悔やみ、横死を遂し坂田の蔵人が妻倅、此山中に籠ると聞しが若や二人は
『いかにも其坂田の家を起さんと山神へ祈誓を懸け、則もうけし此快童
『さてこそ我が推量に違はず時行が妻倅よな、さるにても女に稀なる志衷、その丹誠に山神の加護倅が勇力嘸あらん、力の程がみたい/\
『おもちれへ/\
『コレ/\快童大切の所ぢや負まいぞ
『ヲヽ合点だ
『神変不思議の快童丸、此方あしらふ勇力士、快童いらつて傍なる松を根こぎに引抜き、莞爾と笑つて立たりしは、人も恐るゝ計りなり
『松の根こき面白い、サア打て来い快童丸
『合点だ
『打て掛れば身を換し、すかさず強気の力瘤、幹より腕の節くれて、しつかと抓めばめり/\/\
『ゑんや/\と捻合しが、中よりやつと捻切て、左右へ分れて立たりしは、目覚しかりける次第なり
『ホヲ力の程は見えた/\、今よりしては頼光公の家臣となし、父が家名を其儘に、坂田の金時と名乗せん喜べ/\
『ハゝア有難や恭謝なや、コリヤ快童今日から坂田の金時といふ武士に成のぢやが嬉しいかや
『そんなら俺は武士に成のか嬉しい/\
『さり乍ら今別るれば此母に、もう逢ふ事はならぬぞや、コレ快童爰へおぢや
『夫の形見と見るにつけ、其方の大事さ大切さ、今日別るれば今宵より、母独寐の閨の内、嘸面影の懐かしかろ、頼光公への御奉公、つとむる暇の旦暮に
『武術を励み立身せよ、かならず/\人様に
『山姥が子と笑はれな、今別るゝとも此母が
『其方の影身に付添て、尚行末を守るべし、とは言ものの是がまア
『名残惜やいとおしやと、抱きあげ抱きつき、思はずわつと一声が、木霊に響きて哀れなり
『斯ては果じと快童丸、お頼み申すは仕様、名残は尽じ早おさらば
『いとま申して帰る山の
『峰の梢も白妙は、源氏の栄へ尽しなき、まもる神がきは妄執の雲の塵積つて山姥となれり、山又山に山廻りして行方も知ずなりにけり
『斯るところへ猪熊入道手勢引連馳来り、快童丸を見るよりも
『正盛公の上意を請け、汝を味方にかゝへんと、出掛て見れば三田の仕、扨こそ源氏へ引取たな
『知た事だ快童丸はたつた今、頼光公へ推挙したは、奉公始めに此奴等を、引括つて君へお土産、快童ぬかるな
『サア弱虫奴ら皆一度に来い/\/\/\
『何猪口才な、者共それ
『やらぬと組付手の者を、一度につかんで礫投げ、かつ色見する金時が、真先かける冬至梅、一陽開く智勇の花、歌舞伎の栄へぞ目出度けれ

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#山姥物

分類番号

00-1331200-y1m1n0b1-0001

音源(宣伝枠)


データ入力日:2016/05/17

常磐津 山姥 歌詞